「い、いらっしゃいませ!」


突っ伏していたカウンターから勢い良く起き上がり、慌てて営業スマイルを貼り付ける六だったが、その笑顔は若干引きつっている。一寸前に冗談半分で馬鹿なことを言った自分をぶん殴ってやりたい。心からそう思ったが、現実逃避している場合ではないので、今は仕方なくその考えを頭の隅へと追いやることにした。




***


(しかし、なかなか派手なマントを着てる人だな……)


椅子に座り直して氷を削りながら、六は客をチラリと見やる。小さい置物が並べてある棚をしげしげと眺めているその客は、黒地に赤い雲をあしらったマントを着ており、首元から指先まですっぽりと隠れ、おまけに笠まで被っている。夏になったら暑いことこの上ないだろうなと、至極どうでもいいことを考える。

静かな店内にガリガリと氷を削る音が響く。だがしかし、不意に六の手がピタリと止まった。


(……なんかアイディアが全然浮かばないぞ)


たらりと頬を伝う冷や汗が、自分の氷遁で凍りそうな程の寒気を感じた六は、一旦、ナイフをカウンターの上に置く。
自嘲的に笑い、そして深いため息を吐いた。


(ここに来てまさかのスランプ突入?それとも、さっきの、お客様にだらしない姿見られたので実はかなり動揺してるのか)


思わずカウンターを叩きたくなったがそれではさらに状況が悪化するので、なんとか抑えこんだ。
しかし、今の六はあまりにも動揺しているからか、先程からマントの人物に奇妙なものを見る目を向けられていることに気づいていない。


(芸術家ともあろう人間が作品を造れないなんて……そうだ。きっとインスピレーションが足りないんだ。そうだよ絶対そうだ。最近引きこもりがちだったからなぁ。ああ私としたことが……)


六の怒りの矛先は、ここにはいない、彼女の上司へと向いていた。しかし、何の情報も無いまま里へ帰れば、間違いなく彼から嘲笑された挙句、あの鉤棒で殴られるのだろう。
そう思うと、ふつふつと沸き上がっていた怒りもだんだん鎮火していった。


(早くも私の芸術家として生計を立てる道は閉ざされたのか……)

「……ククッ」

「えっ?」


不意に、六の耳へ押し殺したような笑い声が聞こえてきた。振り返ってみれば、先程置物の棚を見ていたマントの彼が、既にカウンターの前へきている。

六の顔は、一瞬で茹で上がったタコの様に真っ赤になった。


「お前、随分と面白い奴だな……さっきから百面相だぞ」

「す、すみませんっ!!お見苦しい所をお見せしてしまい……」

「気にするな」


いえ、私はそうもいかないんですが……!言い返したいのを、六はぐっと呑み込んだ。


「……なあ、少し聞きたいことがある」

「へっ?あ、はい、何でしょう、か……」


素っ頓狂な声を上げ、六は目の前の客を見た。その瞬間、六は言葉を失った。笠を取り払った彼は、陶器の様な白い肌に、猫っ毛だが綺麗な赤い髪。長い睫毛をたくわえた退屈そうな瞳、しかしその奥には何か、爛々としたものがある。まるで彼自身がひとつの芸術作品のように完成されていた。


(あ、綺麗だ……)

「入り口の看板に書いてあっただろう?"永久に残る氷の作品"ってな」

「はい、そうですけど……」

「それはどういう意味だ」


氷でできたものが溶けないなど、それはあり得ない事だ、人形の様なその人は六にそう言った。
六は一瞬ぽかんとした顔になったが、久々で嬉しいと言わんばかりの笑顔を浮かべた。


「はい。実はですね、この作品達には私のチャクラを練り込んであるんです。ですから、どんな衝撃にも耐えることができるし、溶けたりもしないんです」

「ほう……だから永久に残るか……」


驚きと、それ以上に興味深そうな視線が六を捉える。

「ただ……それには少し語弊があります」


六は苦笑しつつ、削りかけの氷を手に取り、それを眺めた。氷には自身のなんとも言い表せない顔が映り、それを見たくないのか、六はすぐに目を逸らした。


「私が死ねば、消えてしまうんですよ。……何だか切ないですよね。丹精込めて造った作品も、私の命が尽きると共に消えてしまう。まるで私という人間がいなかったかのように。後世に何も残せないまま、水となり、空へと還っていく……」


どこか愁いを帯びた瞳を、霧雨の降る窓の外へ向ける。
そんな六の話を、彼は静かに聞いていた。


「でも私は思うんです。それは、きっと、私が一番望んでいた芸術なんだって。作品が私の命だということを証明してくれている。私の求める芸術って、"限りある命が自然と尽きていくこと"なんだと思うんです。」

「……それが、お前にとっての芸術か」


ほんの一瞬、六が瞬きをした瞬間だった。背後へと回り込み、六の首筋にクナイをあてがいながら、赤髪の男は短く、静かに尋ねた。


「死にたいのか?お前」

「……それが一番の望みですが、……私はまだまだ造り足りないんです。私が満足出来るものを造れた時、その時こそが、私の最期です」


彼女の凛とした声に、赤髪の男は小さく笑った。


「その歳でそれだけの覚悟を持つか……。お前、いい芸術家になるぜ」


クナイを仕舞い、六から離れると、赤髪の男は何かをカウンターに置いた。


「こいつを貰っていくぜ」


くるりと踵を返し、店を出ようとする彼の手元にあるのは、小さな蠍の置物。六は一拍遅れて、頭を下げた。

「あ、あの!ありがとうございました!私……六っていいます!あなたは……」

「俺はサソリ。赤砂のサソリだ。……また来るぜ」


控えめな鈴の音が店内に響く。

静かに閉められたドアを、六は暫くの間名残惜しそうに見つめていた。



2016/05/23 改訂






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