「クソ……またやっちゃったよ」


右手で顔を押さえながらトボトボと小川の畔を歩く六。女性とは思えない言葉が飛び出しているが、(生憎)運がいいのか辺りには誰もいない。それもそのはず。この小川周辺は、霧の里の中でも特に危険な演習場なのである。今はまだ拓けた草原だが、あと300mほど小川を登れば、上忍が少し気を抜いただけですぐさま病院送りになるほどの危険地帯だ。並大抵の者では、入った瞬間御陀仏。仮に死ななくても、二度と忍として生きることはできないだろう、とまで言われている。そんな死に一番近い場所だというのに、六は特に気にしていない様子だ。


「自分が一番分かってるのにさ。あんな態度取るとか…ガキか私は」


私は昔からそういう子だった。思い返してみれば、今は亡き母や友達に多大な迷惑をかけてしまったことが何よりの後悔である。
そうだ。機嫌が悪くなれば、人の話などまるで無視の一点張り。相手が謝ろうが何をしようが、まだ自分が苛ついていれば冷たく当たる。兎に角相手に不快な思いをさせていたのは間違いない。おまけに幼かった私は沸点が非常に低かったらしく、些細なことで怒っては物や人に当たっていた。

今までやぐらちゃんをお子ちゃまとかちっちゃいとか馬鹿にしてはいたが、今回の自分のとった行動や態度こそ、自分にとって悔い改めるべき問題だ。成長してからはそんなことは少なくなっていたのだか、昔とまるで変わっていないではないか。先の件に関しては本当に情けないと反省している。


「これじゃあ、また後々掘り返されるのが目に見えてる……絶対怒ってるもん」


任務を終えて帰ってきた暁には、嫌味が待ってる気がする。あと絶対鉤棒で殴られるのがオチだ。……もしかしたら爪の方かもしれないが。


「…どちらにせよ、覚悟しとこ」


ため息混じりにそう呟いて、六は森の中へ歩みを進めた。






***



様々な罠をくぐり抜け、森の最深部に辿り着けるのは霧の里でもほんの一握りしかいない。歴代の水影、忍刀七人衆、暗部の各部隊長。そのうち無傷なのが、長刀と雷刀の七人衆。今では里を抜けているが、首斬り包丁を携えていた鬼人もその一人だったらしい。


六は森の最深部に来ていた。彼女もまた、傷一つついていない。そんなことは当たり前とでもいうように、さほど気にしてはいないようだ。

最深部には、霧の里が出来るよりもずっと昔から立っていたと言われている巨大な楠がある。その周りにはたくさんの木々が生い茂り、昼間でも薄暗い。だが、不思議と気味悪さは感じない静かな空間となっている。本当にここが、一番危険な演習場の一部なのか、何度来ても猛者達は疑ってしまうらしい。六は楠の前に来たところでピタリと歩みを止めた。巨大な老木を見上げてみれば、ちらりと視界に入る人の姿。しっかりと確認した六は、不敵な笑みを浮かべたと思えば、次の瞬間高く高く跳躍していた。


「もらったーー!」


頭の後ろで両手を組み、老木の幹にもたれ掛かって眠っている男へクナイを奮う。カツンと音を立てて男の付けている面にクナイが当たった瞬間、六は喜びを抑えきれないとでも云わんばかりの顔をしたが、すぐ眉間に皺を刻んだ。ばしゃりという音と共に、男の姿は形無き水となって崩れたのだから。


「ちぇっ…水分身か」


クナイを仕舞った六は、降参とでもいうように両手を挙げた。すると、首筋に当てがわれていた刀は、ボンッと煙をたてて消えた。至極残念そうな表情をしている彼女の背後には先程ここで眠っていた(と思われる)男が、自身の刀を納めた巻物を仕舞っているところだった。


「今回は絶対勝ったと思ったんですけどね」


まさか水分身なのは予想外だったとか次は私も分身をぶつけてみるかなど、ブツブツ呟いている六を胡座をかいた自分のそこへ座らせ、面の奥で小さく笑いながら彼女の頭をゆっくりと撫ぜる。六は彼の行動に目を見開いたが、特に嫌がる様子もない。撫でられるのが気持ちいいらしく、目蓋を下ろしてそのまま長刀の七人衆にもたれかかる。彼も存外嬉しそうに、六を抱き締めている腕に力を込めた。






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