「来たか」
やぐらが言うと同時に開いた、重たい鉄の扉。部屋に入ってきた少女の表情は、水影の御前だというのに一目見て不機嫌だと分かる程。眉間に皺を刻み、彼女には珍しいじっとりと陰気な雰囲気を醸し出しながら、やぐらを睨んでいる。
「早速、任務についての詳細を話す。よく聞いておけよ」
わざとそれに気付かないで話し始めると、隣にいた雷刀の七人衆が小さく苦笑した。
対して六は、更に纏う雰囲気が悪くなり、いつでもやぐらにつっかかりそうな勢いである。やぐらはこのまま無視を決め込もうと思っていたが、それでは任務が滞ってしまう。ため息をひとつ吐き、不機嫌丸出しの六をちらりと見た。
「六」
「………………………何、」
たっぷり間を取って発せられた六の声は驚く程低い。本当に、先程まで雨由利と楽しそうに話していた者と同一人物なのかどうか、疑ってしまうくらいだ。
「(これは相当たちが悪いな……)任務の内容はこの巻物に書いてある。出発は未の刻三つだ」
口頭で伝えるには、今の六に対してあまりにも無謀なことと判断したやぐらは、急遽巻物に変更することにした。
機嫌が悪い時の彼女に近付かない方がいいというのは重々承知している。生憎、今この場には六を宥めることができる長刀の七人衆がいない。触らぬ神に祟りなしと云うのだろう、やぐらは六に向かって、掌サイズの巻物を投げ渡す。それを受け取った六は、ちらりとやぐらを一瞥し、すぐに踵を返してしまった。
「それと」
やぐらの言葉に、ぴたりと静止した六。
「お前と共に任務へ行くのは串丸だ」
今度は明らかに六の体が動いた。心なしか、纏う雰囲気も幾分か軽くなっている。だんまりを押し通していた六だが、小さな声でぽつりと呟いた。
「……そっか」
一言、そう言ってから、六は部屋を出て行った。
「まったく……あいつの扱いには困ったものだ」
まるで水の様だと、開けっ放しの扉を見つめながらそう言うやぐらに、雨由利も頷いた。人間に潤いを与える反面、様々な姿形となり、大きな天災を引き起こす。他に例えるならば、山の天候や秋の空。それらのように、六はころころと表情を変えるのである。なかなか厄介な性格だが、誰にも媚びず、素直で芯のある所が里の人々も気に入っている。だから店を出しても、自然と人を惹きつけることができるのだ。
任務から帰ってきたら、彼女はきっと疲れているに違いない。あの子が帰ってきたら、何か甘い物でも奢ってやろうと決めた雨由利は、見送りに間に合わせるために報告書へ目を落とした。