翌日、霧が立ち込める森の中を、一人の少女が駆け抜けていた。彼女の首元には、霧の忍の証である額当てが巻いてあり、朝霧によってそれは僅かに濡れている。久々に付ける額当ての重さを改めて実感しつつ、六は口角を上げた。なんせ、やっと我が故郷、霧隠れの里に帰ることが出来るのだから。

そう……たとえ今回の帰還目的が任務のためであろうとも。


「やぐらちゃんめ……ああいう抜け目無いとこが可愛くない」


やはりもう少しからかっておけばよかったと、今更ながら後悔した。あの時は串丸さんの"あーん"で既にヘブン状態だったため、思考回路は完全に停止しており、ぶっちゃけやぐらちゃんがいるということをすっかり忘れていた。しかも彼は私が正気に戻り、言い返す前に残りの水饅頭の入った箱をひっ掴んで颯爽と店から出て行ってしまったのだ。
お蔭で任務の内容もろくに聞けないまま。唯一覚えているのが、今日の昼までにやぐらちゃんの下まで行かなければならないということ。


「とりあえず、遅れるのはマズいからなー……急ぎますかね」


彼は水影。幼いながら責務をきちんとこなし、しかも現在は今までの恐怖政治の罪滅ぼしとでも云うように、以前よりも更に真剣になって里のことを考えている。やぐらちゃん鬼上司と、常にくだらない口喧嘩をし合っているが、流石に今の彼の努力を無下にするようなことはしない。

ダンッと先程よりも強く木を蹴り、六はスピードを上げる。
文句を言っていても、彼女の笑顔は、いつもより眩しいものだった。




***


走って行くにつれ、段々と霧が深くなっていく。その霧を懐かしむように、六は深く息を吸った。

暫くして、里の入り口が近くなってきたのだろう。数名の人の気配を感じた六は下へと降りた。


「うわー全然変わってない」


朱塗りの橋は緩やかな弧を描き、霧の中でも映える程美しい。少しの間この橋を見ないでいたので、余計にその素晴らしさを感じてしまう。六は惚れ惚れした様に橋をじっと見つめている。


「その声……六か?」


帰ってきたこと、そして橋の美しさの感動に浸っていると、不意に後ろから声をかけられた。聞き覚えのある声に振り返って見れば、霧の中で二本の刀が煌めいている。


「もしかして、由利ちゃん?」

「やはり六だな。お前くらいだ、私をそのように呼ぶのは」


二刀一対の刀ー雷刀"牙"の持ち主である林檎雨由利は、六の隣まで歩いてきて小さく笑った。任務帰りらしく、服の所々に赤黒いしみが付着している。が、雨由利は至って平然としているため、それが相手の返り血だということが分かる。


「久しぶり由利ちゃん!それと、任務お疲れ様ー!」

「あぁ。六も相変わらず、元気そうで何よりだ」


二人並んで朱塗りの橋を渡る。六は、門番の忍に軽く挨拶をして霧の里へ足を踏み入れた。雨由利も歩きながら雷刀を巻物に仕舞い、門番の忍に貰った報告書を眺めている。
里の中も霧が立ち込めているが、霧の里に住む者であれば、この程度の霧で視界を遮られることはない。暫く里を離れていた六でも、それは変わらないようだ。


「ところで、今日は報告のために戻ったのか?」

「いーや。今回は任務でちょっとねー」


任務と聞いて驚いたのか、雨由利は目を見開いた。


「六が任務?……余程のものなのか」

「さあね。詳しいことはまだなーんも聞いてないから」


雨由利は顎に手を当て、何やら真剣に思案しているようだが、その隣にいる六は考えるのも面倒らしい。道に並ぶ定食屋や和菓子屋を見ては、今日のお昼は何がいいだとか新作の和菓子は出てるだろうかなど、完全に任務を厄介払いしている。


「……まあ、水影様の所へ行けば分かるだろう」

「由利ちゃんも行くの?やぐらちゃんのとこ」

「あぁ。報告書のついでだ。それに、六の任務が気になるからな」

「うわー由利ちゃんったら真面目。私なんか何度報告書出し忘れたことか」

「私は後回しにするのが嫌いなんでな」

「由利ちゃん……アカデミーにいた頃絶対成績良かったでしょ」

「常に上位にはいたな」


驕ってはいないのだが、さも当然とでもいうような雨由利を見下ろす。昔の自分を思い出した六は、ただ苦い顔をすることしか出来なかった。








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