おかしなセンパイ
「たるんどる!」
真田副部長の一喝が俺の耳に突き刺さった。思わず身をすくめた俺に副部長はさらなる説教を浴びせてくる。耳にタコができるくらい聞いた言葉だけど、やっぱ相変わらず慣れないもんだよな。つーか、慣れるのもそれはそれで問題なんだけどな。
俺が今怒られているのはアレだ。朝練に遅刻したこと。でも、聞いてくれよ!今回の遅刻は不可抗力ってやつなんだぜ!?歩道橋の階段で荷物ひっくり返した婆さんのそれ全部拾い集めたら予想以上に時間かかっちまって、慌ててテニスコートまで走って行ったら、案の定ご立腹の副部長が鬼のような形相で…………思い出しただけでも身震いするぜ……。
そんなこんなで何とか副部長に理由を説明しても全然信じてくれなくてよ……やっぱこういうのって、日頃の行いってやつなのか?
「赤也!聞いているのか!!」
「ヒィッ!き、聞いてます聞いてます!」
また一段とでかい副部長の声が頭上から降りかかって、反射的に一歩後ろに下がった。ああ!誰でもいいから副部長に説明してくれよ!俺は無実だって!柳生先輩、ジャッカル先輩!この際なら仁王先輩や丸井先輩でもいい……いや、あと二人はなんか不安要素しかねえ!!うおおおお誰か!!神様仏様女神様!!
「真田ー!」
ハッ!誰か副部長を呼んでる!これで少しは副部長の気が逸れる筈だぜ!
「む?……楠木か」
「……あ。取り込み中やったん?」
思っていた通り、副部長は俺に背を向けた。このままこっそり逃げようかと思ったけど、もしそうしたらその後さらに地獄を見そうで止めた。
副部長に気軽に声をかけるあたり、なかなか肝が座った人なんだろうな。そう思うと、どんどん膨らむ好奇心に結局負けてしまい、副部長の後ろからちらっと声をかけた(副部長のことを呼び捨てにしてたから、まあ年上だろ)センパイを見…………は?
「確かにそうだが……俺に用か?」
「ん。ちょっと日本史のノート貸してもらおうと思ったんやけど……都合悪そうやし、出直したほうがいい?」
「いや、その程度なら構わん。少し待っていてくれ」
「ホント?めっちゃ助かる!」
正直、俺は猛烈にテンパってる。確かに、俺より小柄なセンパイだなーとは思った。声も男子にしては高いなーと。
(に……似合わねぇ……)
目の前にいるセンパイは十人いれば五人が可愛いって言う容姿……ようは真ん中よりちょい上ってくらいか?
目はすこーし垂れてて、髪型は肩に付きそうな黒髪を内巻きになっているゆるいボブ。別に化粧とかは全然してねぇし(そもそも校則で禁止されてるしな)、きゃぴきゃぴしたギャルってワケでもねぇんだけど……なんつーか……ぜってぇ副部長が仲良くするようなタイプの女子じゃねぇ気がする……どちらかというと、副部長を怖がって近づかないタイプの女子だ。
すると俺の視線に気付いたらしく、副部長のクラスを眺めていたセンパイはにこりと笑った。
「切原くんやったっけ?」
「あ、はい、そうっス」
「そっかー」
そう言ってセンパイはちらりと教室に目を向け、また俺に悪戯っぽい笑顔を向けた。
「ま、真田のことは私に任せて」
「……へ?」
「待たせたな楠木。ノートだ」
「ん。ありがと真田。今日の放課後には返せると思うけ」
「ああ。ただ、俺は今日の放課後風紀委員の会議に出なければならん。机に入れておいてくれればいい」
「了解〜」
くるりと背を向けてひらひらと空いている方の手を振るセンパイ……って!!あのセンパイ、副部長のことは任せてって言ったじゃねーか!!
(さっきのウソだったのかよ!?ああちょっとでも期待した俺がバカだった!)
「あ、そうそう真田」
半端ない絶望感と恨みを込めて、今までの俺との会話が最初から無かったように自分の教室に帰って行く背中を睨みつける。すると、センパイは何かを思い出したように振り返り、副部長に声をかけた。
「そこの切原くん、朝学校に来るとき困っとったお婆さんを助けてやったらしいんよ」
「何……?」
そこで俺はセンパイの声がどこかわざとらしいことに気付いた。でも考える前に副部長がギロリと見下ろしたもんだから、久々に働いた俺の思考回路は呆気なく停止。ビシリと固まった。
「……赤也」
「ほ、ホントっスよ副部長!さっきからそう言って、……いや、なんでもないっス」
調子乗ったら副部長の眉間の皺が濃くなったから慌てて口を噤んだ。冷や汗だらだらの俺とは対象的に楠木センパイは相変わらず笑顔で……もしかしてこの人……
(結構大物?)
「まあ、実際切原くんを見たのは泰葉ちゃんやけど」
「甘利が……ふむ……」
なんか知らねぇ名前が出てきたけど状況が状況だから、綺麗に右から左へ抜けて行った。俺の頭がぐるぐるとごちゃ混ぜになっている間、なにか考え込んでいた副部長はスッと手を上げた。もちろん、俺に向かって。
(えええええ俺結局許してもらえなくて殴られるオチかよ!?)
今の流れ完全に許された感じだったじゃねーか!!内心超焦りながらも、もう何度目かも判らない真田副部長の拳骨の衝撃に目を瞑って歯を食いしばった。
「すまなかったな赤也。俺はまたお前が遅刻した言い訳だとばかり思っていた」
しかしいつもの衝撃は無く、副部長はわしゃわしゃと俺の頭を撫でた。
「このことは幸村にも話しておこう。あいつも喜ぶ筈だ」
「あ……ういっス!」
副部長に褒められるとか久しぶりだからなんか嬉しい。ていうか保護者感半端ねぇっスよ、副部長。
「ではな、赤也。ちゃんと楠木にも礼を言っておけ」
「え?……って。楠木……先輩、いつの間に帰ったんだ?」
さっきまで先輩がいた所にはもうすでに誰もいなかった。そういや、副部長にお礼言っとけって言われたけど……
(俺……先輩の名字しか知らねぇじゃん。クラスも何組かわかんねぇし……)
今さら気付いた。…………こういう時は……
(とりあえず、昼休みに柳先輩んとこだな)
自分で探し回るより先輩に聞いたほうが早いし。ていうか柳先輩って全校生徒のこととか普通に把握してそうで、やっぱあの人怖い。