茜色の深海魚 | ナノ









クリミア王都へ続く街道をひたすらに歩く。と言っても別に王都へ用があるわけではない。現にわたしは王都へ向かうどころか逆に遠ざかっているし。


ーデインの奇襲により、クリミア王都は陥落。王都周辺の諸領では、すでにデイン軍による略奪行為が始まっている。


風の噂とはいえ、こんなことを聞いては呑気に諸国漫遊の旅をしている場合ではない。急遽ガリアへの旅を断念し、もと来た道を辿って、先日クリミア国内へ足を踏み入れたばかりだ。しかし、ここは王都からも離れているためか、平穏至って何も変わりはないように思える。一応宿の主人には遠回しに尋ねてみたが……特に危機感というものは抱いていなかった。他の村人に聞いても同じような反応で、少し呆れもした。まあ確かに……このような辺境の村では王都近郊の話なんか滅多に舞い込んでくるものではないだろう。むしろ、クリミア国内で一番ガリアとの国境に近いこの村では、デインよりも"半獣"と忌み嫌うラグズの方がよっぽど恐ろしいんだろう。わたしには信じ難いことだけどね!!!

「だってさーラグズって超可愛いじゃん?ヒトの姿してる時の獣牙族はけもみみに尻尾、鳥翼族は翼、竜鱗族は絶対強者を感じさせる野性味溢れる褐色の肌。それだけでももういろいろストライクなのにさらに化身したら猫ちゃん虎ちゃんはもふもふだし鴉の民の翼は綺麗な濡羽色で見てるこっちがうっとりしちゃうし逆に鷹の民の翼は落ち着きある茶色ででも大振りで顔を埋めたくなる羽のボリュームを併せ持ちさらにその逞しい足で肩を掴んで空中散歩とかさせてもらったら別の意味で空飛んじまうんじゃねーのってくらい舞い上がるしそして極め付けの竜鱗族?あの種族は鎖国しちゃってるのがホント残念。だって赤竜の燃え上がる炎の如き鱗あれすっごいわたし好みの色なんだもん。白竜の白玉のような鱗も黒竜の闇ように深い漆黒の鱗も、文献てしか見たことないけどさーきっと本物ってため息出ちゃうほど美しいんだろうね。あ、あと今はもう生き残りがいないっていわれてる鷺の民。王族は輝く純白の翼を持ってたって言うじゃん?そう言われると血眼になって未だに生き残りを探している下衆な輩の気持ちはわからんこともない……や、でも捕まえて監禁して見世物として扱ったり金目当てで乱獲するってのは許せないかな。鷺の民はセリノスの森で淑やかに自然とともにのびのびと暮らしているのがいいんだよ」

んーこのくらいかな?……あー数年前デインの北、死の砂漠の向こうには狼の民が住んでるってベグニオンでちょっと耳にしたことがあったなぁ。まあ、わたしが言いたいのはアレだ。ラグズはテリウス大陸の神秘。異論は認めない。……一人でぶつぶつ言っている所為かすれ違う人から何こいつみたいな顔で見られるけどえぇ、何の問題もない。だってホントのことなんだし。


……そうだな、このまま何事もなかったら今晩には砦に辿り着けるかね?そろそろ太陽の光にも橙が混じってきたようだし。……うん、ちょっと足の裏がヒリヒリするけど、ちょいちょい休憩入れたらまあ大丈夫だろう。

「早く懐かしの枕で寝たい」

たった1年、されど1年。わたし枕変わると寝つきが悪いんだよねー。それにしてもみんな元気してるかな。まさか忘れられてるとかそんなこと……いやいやいやない。それはない……筈。



さて、大好きな故郷まで あと少し。






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