雀の囀り、カーテンの隙間から射し込む朝日で私は目を覚ました。今日はなんだか懐かしい気持ちで胸がいっぱいである。夢でも視たのだろうか、しかしまったく覚えていないので何とも言えない。
さて、今日は少し慌ただしくなる一日なのだが、いかんせんまだ眠くて堪らない。本能的な欲求に逆らえず、私は再び目を閉じる。……が、不意に枕元に気配を感じてそちらに目を向けるーと同時に、私は後頭部を強打した。

「絢、おーきーてっ」
「……それでわざわざ枕を奪い取るのはどうよ」
「だってそれが僕の性なんだもーん」
「きはちろぉおおおおおおお!!!」
「絢ったら煩い」

朝っぱらから響き渡る声にうっかり自分も感心してしまう。別に私は低血圧で朝が弱いとかいうわけではない。しかし、目が覚めてすぐ大声で叫ぶ人がいるだろうか。答えは否だ。
そんな朝一で叫んだ私は、飄々とした声色で話す彼の脛目掛けて腕を振るった。が、いとも簡単に躱されてしまう。ふわりと揺れる彼の柔らかな髪、人形の様に整った綺麗な顔は無表情のまま。じっと見下ろしてくる双眸が早く起きろと訴えているような気がするのは、おそらく気のせいではない。奪われた枕で、頭をこれでもかというほど連打されるのも嫌なので、私はしょうがなく、のろのろと起き上がった。

「あぁ……まだお布団様とお別れしたくない」
「ばーか」
「……喜八郎、やっぱり一回殴らせて」
「僕が殴られる理由なんて無いもんねーだ」

喜八郎の裾を掴もうとすれば、彼は煙のようにゆらりと消えた。どこに消えたのかと思えば、机の上に腰を下ろし足をぶらぶらさせている。左手で枕を抱え、右手の人さし指で私の腕時計をくるくると回している。

「ねえ絢」
「何?」

喜八郎を一旦放置して布団を押入れにしまい込んでいた私は、彼の言葉に耳を傾ける。

「……そんなにのんびりしてて大丈夫?」
「なんだそんなこと?大丈夫だって。バスは10時28分のだから、10分前に家を出ればいいわけだし……」

この時私は自分でも大袈裟と分かるほど、目を見開いた。珍しいこともあるもんだ。喜八郎が時間を心配することなんてあっただろうか。彼は自分のこと以外は基本、どうでもいいと考えている。

「どうしたの喜八郎。どっかで頭打った?」
「それは絢のほうでしょ」
「なんだって?」
「絢の目は節穴なの?」

再び口喧嘩が勃発しそうになったが、喜八郎が私に腕時計を投げたお蔭でそれは回避された。しかし何故腕時計?と思った私は、針の示す数字を見て絶句した。

「もうとっくにその10分前」
「……嘘でしょ」

いやいやいやいや。可笑しい、私はそんなの絶対認めないぞ。だってちゃんと目覚ましは9時にセットしてて、朝食べてから残りの荷物詰め込んで余裕を持って出発する予定、だった……。だったのに……。

「あ、あぁぁぁ……。ぅぅ……」
「自業自得」

床に手を付き四つん這いで落胆している私の隣でマシュマロをふにふにさせている喜八郎に、今は怒りを覚えることはなかった。ショックも大きいのだが、何より喜八郎の言ったことが正論すぎてもう何も言えまい。

「あ、ていうか目覚ましはッ!?」

光速で立ち直り、これまた素早く枕元にある目覚まし時計をひっ掴む。タイマーを見れば、それはちゃんと私がセットした時間に鳴っていたことがわかる。あれか、無意識に叩いてまた寝ちゃったってやつか!?そうなんだな!?ああああチクショウ!それが分かればこんなチンタラしてるバヤイじゃない!刻一刻と時間は過ぎていっている!喜八郎がいることなんぞ構うものか。私は文字通り神懸かった速さで着替え、(喜八郎曰く、人間の成せる業じゃない)ドタバタと荒々しい足音をたてながら階段を降りて行く。そこでふと考えを思いついたので、一階から喜八郎に呼びかける。

「きはちろー!私の荷物、鞄に詰めててくれなーい?!」

そう、それはパシリ紛いのものである。勿論、あのへそ曲がりの喜八郎が素直に聞いてくれるかなんてのは期待していない。ほぼ賭けである。

「……五つなら考えてあげる」

階段の一番上からひょっこりと顔を覗かせる喜八郎。人形の様に無機質な顔も、若干眉間に皺を寄せているためそれなりに人らしさを感じさせる。まあ、彼はヒトであって人ではないのだが。
何はともあれ、珍しくお願いを聞き入れてくれた(条件付きではあるが)喜八郎ににっこりと笑いかける。

「良かった!じゃあ、六つにおまけしてあげるから!頼んだわ!」
「絶対だからね」

ゆらりと喜八郎の気配が消えるのを感じると、私はトースターのスイッチを入れる。その間に洗顔やら何やらしなくてはならない。

残り、8分14秒ー




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