鬼の嫁入り


「なぁ、雪奈。あの鷹のことなんだけど…」

はぐれ鬼の一件から数日が過ぎようとしていた。他の頭領達の信頼と理解を得るため、紆余曲折を経た雪奈と千鬼丸だったが、雪奈が八瀬姫を継ぐことが後押しとなり二人仲良く八瀬の里に留まっていた。他の頭領達はといえば千歳は千岳の一族を伴って薩摩へと戻り、それと時期を同じくして千耶と秦もそれぞれの国許へと帰った。修羅の被害は表向きには伏せられているが、彼らは鬼の頭領として今もその事後処理に追われている。関ヶ原の戦いは形ばかりの収束を迎えたが、一族のことを思うと頭領達が懇意にしていた人間達と関係を絶つことはもう少し先のことになりそうだった。

「おい、雪奈ってば」

古くから受け継がれてきた鬼の掟を覆すことは決して容易なことではない。今まで絶対的な地位にあった十鬼衆という枠組みがなくなることによって、はぐれ鬼と蔑まれ虐げられてきた鬼達の怒りの矛先がどこへ向くのかは想像がつく。千羽から八瀬姫を継いだ身として、それを甘んじて受ける覚悟はできている。ただ彼らの恨み辛みを死を以て購うのではなく、彼らがこの先はぐれ鬼だからと生活に困窮せず暮らせるよう手助けがしたい。偽善だと後ろ指を刺されても構わない。それを分かち合える存在が此処にはいる。

「雪奈ってば!!」
「わっ…!いきなり大きな声を出して、どうしたんですか千鬼丸…」
「…いきなり?」
「……?」
「………まあいい。お前がぼーっとしてるのは今に始まったことじゃないからな」

随分な言われように雪奈は顔をしかめたが千鬼丸はそれを気にした風もなく、冒頭のおそらく雪奈が微塵も聞いていなかったであろう台詞を繰り返した。

「お前が飼ってる鷹のことなんだが…」
「銀狼のことですか?」
「そう!それだ。アイツどうにかならないのかよ!」
「どうにかって…」

銀狼は雪奈にとって琴爺から預かった大切な仲間だ。初めは意思の疎通が上手くいかず容赦なく頭をつつかれていたが、今となっては良き相棒となっている。その銀狼が一体どうしたというのか。

「どうもこうも、アイツオレの顔を見る度にまるで親の仇みたいに襲ってくるんだよ!」
「それは…あなたが銀狼に何かしたのではないですか?」
「お前、あの鷹よりオレを真っ先に疑うのかよ…」
「いえ、そういう訳ではないのですが…」

いつの間にか見上げるのが当たり前になった千鬼丸を、雪奈は改めて不思議な心持ちで見つめる。自身と同じ先祖帰りによって永らく悩まされていた身の丈は、不老不死の薬とされた仙丹の効力を以てして解消された。ありのままの千鬼丸を受け入れた雪奈にとって、身の丈の大きさはそれほど大した問題ではないのだが千鬼丸本人とってはそうではない。仙丹の毒素に倒れた千鬼丸を介抱をしたとき、複雑な表情で打ち明けてくれた先祖帰りの事実。口にする言葉の重みとは裏腹に、その横顔が少しだけ嬉しそうだったことに雪奈は気づいていた。だからきっと、この視線の高さに慣れる日もそう遠くないはずだろう。

「……って、おい。またぼーっとしてやがるな。雪奈!オレの話ちゃんと聞いてたか!?」
「え?あ、はい。今日の晩御飯の話ですよね?」
「…聞いてなかったんだな」
「ちゃ、ちゃんと聞いてましたよ!」
「いーや、その反応は聞いてなかっただろ。大体お前は…って、うわっ!やめろ!何すんだよ!?」

半ば膨れっ面の雪奈を見下ろす形でたしなめていた千鬼丸の遥か頭上。ばさばさと立派な両翼を羽ばたかせながら、銀狼が下りてきた。正確には、千鬼丸の肩に触れるか触れないかの位置で、その頭を嘴や爪で頻りにつついている。まるで雪奈を苛めるなと言わんばかりに、痛がる千鬼丸を全く意に介していないその姿は流石雪奈の相棒とでも言うのだろうか。

「いてっ、いてててて…!わかったわかった、オレが悪かったって!」
「銀狼、もうそのくらいにした方が…」

雪奈と千鬼丸、銀狼という二人の鬼と一羽の鷹の関係が円満になるのはもう少し先の話かもしれない。





嫌いじゃない、苦手なだけだとウソをつく。その傍らで微笑む存在のために。





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -