「やっぱり僕の口には合わなかった」 ごちそうさまの後に出た失礼な一言。しかし気分を害する事なく千鶴は笑顔で答えた。 「総司さんの口には合わなくても体は、とても喜んでいますよ」 「体は喜んでも僕は喜んでないの。次に出たら食べないからね」 小さな子供のように拗ねてプイッと横向く、その様に千鶴は苦笑い。 「総司さん」 「食べないよ」 「違います」 笑顔のまま千鶴は総司の両頬に手を添えた。 「千鶴?」 「苦手な物を全部食べて下さったご褒美です」 チュッと一瞬だけ唇に重なった柔らかな感触。名残惜しげに総司は自分の唇を指でなぞり「コレだけ?」と千鶴を見つめると再び唇が重なる。 今度は深く深く。 珍しく積極的な千鶴に総司は驚きながらも応えようとしたが柔らかな舌と一緒に転がり込んできた固い感触に気付き動きを止めた。 何だろう? 疑問は直ぐに解ける。 ふわっと広がった甘みは総司の大好きな物。そうと分かれば思う存分ご褒美を味わうだけと千鶴の体を強く抱き締めた。 「ーーまさか千鶴に襲われるなんて思ってなかったな」 「お、襲う?襲ってなんかいません!!それを言うなら襲ってきたのは総司さんの方です」 悪戯っ子のような笑みを浮かべる総司に対し千鶴は頬を赤らめ反論。 口付けと共に与えられたご褒美は金平糖。 千鶴曰く、総司の口腔内に金平糖を転がしてご褒美は終わりの予定だったらしい。ところが総司に取ってそれは終わりではなく始まりの合図となり離れようとする舌を、体を強引に絡めて早めの床入り。 「そうだっけ?」 「そうです!」 惚ける総司の胸板をポカポカ叩きながら千鶴はいい加減に離して下さいと訴えるが返事は否。 「嫌だって言われても困ります」 まだ夕餉の片付けもやってないんですよと渋る千鶴の豊かな、とは言い難い胸に総司は頬を擦り寄せ強請る。 「片付けなら後で手伝うから、もう少しこのままでいようよ」 「もう少しって……」 千鶴の小さな溜め息。それもそのはず“もう少し”が少しで終わった試しがないからだ。 これは総司の我が儘類いの一つ。その事は総司自身が十分承知済み。けれど腕の中の温もりを離したくなくて寝たふりをした。結果、暫くして聞こえてきたのは千鶴の寝息とーー。 「総司さんの馬鹿」 むにゃむにゃと小憎らしい寝言。 「僕の可愛いお嫁さんはどんな夢を見ているのかな」 眠っている千鶴を起こさぬよう声を潜めて総司は笑う。寝ても覚めても千鶴の中では自分は我が儘らしい。 「ごめんね」 “ご褒美”なんて貰える立場じゃないのにね。 与えて貰うだけ貰って何一つ返せない上に近い未来、千鶴をひとりにしてしまう。 残された僅かな時間に自分は何を返せるのだろうか。 何を残せるのだろうか。 真っ暗な静寂の中、今夜も答えは見付からない。見付けれない総司が出来る事は千鶴を抱き締め愛を囁くだけ。 だから今夜も総司は千鶴を抱き締め愛を囁いた。自分が消えても千鶴への思いは永遠だと魂に刻みこむかのように。 そして安らかな寝顔に総司は願う。 明日も千鶴の笑顔が見れますように、と。 |