君の温もりを



「では行ってきますね」

「いってらっしゃい」


町へと買い物に行く千鶴に布団から手を振る。と、思い出したように立ち止まり振り返る。


「あっ、暖かくなったからって羽織り無しで、外へ出ないで下さいよ?」


わかりましたか?と念を押す。
千鶴は僕が外へ出るとわかっていた。でも絶対に外へ出るな、なんてことは言わない。


「わかったよ。千鶴も気をつけて行ってくるんだよ?」

「はい。行ってきます」


パタン、と障子を閉めて出て行く。
本当は一緒に行って守ってあげたい。でも自分の腕は白くて細く、もう刀を持つことも出来ない。身体は段々言うことを聞かなくなってきていて、最近はほとんど寝ている状態。この動くこともままならない身体が煩わしくて仕方ない。

この鬱々とした気分を払うため、千鶴に言われた通りに羽織りを着て、縁側に出る。
外はもう春の景色になっていて、ここには咲いていないけどきっと桜も綺麗なんだろうなぁ。千鶴が一緒に見に行きたいって言ってたっけ。でもそんなこと無理なんじゃないかな、とか後ろ向きな考えばかりが頭を過ぎる。


「……やっぱり寝よう」


立ち上がろうと膝を立てた時、突然胸の辺りが締め付けられるように痛くなる。それと同時に迫り上げて来る咳。手の平には赤い血。


「ごほっごほ…、はぁ…はっ…」


空気が上手く吸えなくて、肺が焼けるように痛い。こんな時だっていうなのに、僕もう死ぬんだなって冷静に見ている自分と、死ぬのが怖い自分がいる。

新選組にいた頃はいつ死ぬかわからなかったし、死が怖いなんて思ったこともなかった。でもいつしか、千鶴と過ごすこの穏やかな日々を無くすことが怖くなっていた。
ああ、千鶴ともっと色んな場所に行きたかったなぁ。もっと、もっと……。
千鶴にお別れの言葉も言えないなんて。そう思うとまだ死にたくない、千鶴ともっと一緒に居たいと言う思いが強くなる。
でも僕の意に反して、身体は足元から灰になって消えていく。


「どんな形でもいい。もう少し千鶴の側に居させてほしいんだ……!」


柄にもなく、信じたこともない神様に一生のお願いをした。

そのあとのことは覚えてない。ただ、自分の身体が全部灰になったことだけはわかった。
目を覚ましたら空は赤く染まっていて、さっきいた縁側では僕の羽織りを抱き抱えて泣いている千鶴の姿があった。


『千鶴……』


僕はこの世から消えた。でもどうして……?僕はまだこの世界にいるのだろう?まさか想いが強すぎてここにいるとか?

自分の手を見てみると、何故かフサフサとした黒い毛。裏返して見るとフニフニとした肉球。
机の上にあった千鶴の手鏡を覗くと、そこには鼻先が尖った焦げ茶とも黒いともつかない獣がいた。唯一、自分だとわかるのは翡翠色の瞳。

……そうか。神様は僕の願いを叶えてくれたんだ。
どんな形でもいいと願った僕を、神様は狼にしてくれたんだ。

泣いている千鶴の元へ四本の足で歩く。千鶴は……こんな姿になった僕のことを気付いてくてるかな?

驚いて僕を見る千鶴の目から零れている涙を舐める。やっぱりしょっぱい。
なんて思っていたら、千鶴が僕を強く強く抱きしめてきた。


「総…司さん…、総司さんっ……!」


あぁ…、神様にお願いしてよかった。

こうして、もう一度千鶴に触れることが出来たんだから―――。











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『桜結び』弥依子さんより、相互記念をいただきました!

総司のことわかってる千鶴にすごくほっこりするんですが、やっぱり切ない…!
どんな形でもいい、千鶴の側にいたい。その強い願いで狼の姿になった総司のことを千鶴は総司だと気付けたのか、それは想像におまかせということでしたが、強い願いが総司を狼にしたように、千鶴にも伝わったんじゃないかなぁなんて思います。

狼パロは特に決まった設定を決めずに描いているので、弥依子さんに全ておまかせしました。こんなに素敵なお話にしていただけるとは…本当に嬉しいです!

こちらこそ、これからも仲良くしてやってください!素敵なお話を本当にありがとうございました!