▼総司が狼パロ


 そう、あの日は今日みたいに空には層雲が広がっていた。
 千鶴の最愛の人、総司がいたづらになってから早一年と少し。彼女は彼を想い続けながら、ひとりで強く生き続けている。彼を想わない日は一度足りともなかった。食事を作るとき、食べるとき、掃除をするとき、洗濯をするとき、出掛けるとき、いつでも彼がいれば、なんて仮定を当てはめてしまう。ひとりの生活は、彼女が思っている以上に、精神を蝕みつつあった。それでも足を止めなかったのは、彼と過ごした時間が楽しくて嬉しくて、幸せだったから――。
 ひとり分の洗濯物はとても少ない。千鶴は自身の洗濯物を干しながら思う。すぐ終わってしまう作業が今は、物足りない。
 別に新選組の屯所で暮らしていたときと比べているわけではない。あの時と比べるのは論外であり、比べる必要はない。比較してしまうのは、この地に住んでからふたり分からひとり分になってしまったことだ。
 以前は小柄なものの隣に大きなものが共に並んでいた。風が吹くとそよそよと靡き、楽しそうに揺れていたものだ。今は、寂しげに揺れている。
「総司さ、ん……」
 突然寂しい思いに駆られてしまう。きっかけなんてあってないようなもので、ふとしたときに総司の表情が浮かび、胸が締め付けられるくらいに寂しくなる。
 彼女は洗濯物を干し終えてからしゃがみ込んでしまい、膝に顔を埋めた。寂しさに耐えるようにして、黒い着物の裾を無意識にぎゅっと握る。
 さあああああああああああ。霧雨が地面に降りてくる。先ほどまでは太陽が層雲から覗いていたのに、今はすっかり覆われて霧雨を降らす。起伏が激しい空は、今の千鶴と呼応しているようだ。
 霧雨がせっかくの洗濯物を濡らしてしまう。また彼女をも。彼女はそんなことを気にせず――いや、気にかける余裕もなく、動くことができなかった。……まるであの日のように。
 ざわざわと風が葉を揺らす。草木は風と雨に翻弄される。その自然とは不自然に揺れる草村があった。ざわざわざわざわざわざわざわざわ。それが止んだかと思うと、何かが近付いてくる。ゆっくりゆっくりと、距離を縮めていく。彼女はまだ気づいていない。
 涙を啜る音が聞こえた。それと同時に何かが千鶴に寄り添った。ぴくりと彼女が動きを見せ、そこで初めて、何かに気付き目を丸くする。
「狼……?」
 彼女の眼前には、焦げ茶の毛をした大きな狼が悲しそうにこちらを見つめている。不思議と恐怖心を抱くことはなかった。それは狼が襲って来ないからだとか、吠えないからだとか、威嚇してこないからだとか、そういうのではない。理由はないのだ。何故かはわからないが、恐怖心はなかった。
 千鶴はそっと狼に触れた。ふさふさと、けれど少しごわごわとした感触だ。彼女が撫でる度に気持ちよさそうに目を閉じる。
 彼女が伏し目になると、狼は心配するかのように身を寄せる。それがくすぐったくて、彼女はふっと笑みを浮かべた。そこで気付く。
「あなた、……総司さんみたい」
 千鶴が落ち込んでいたり、悲しそうにしていたら、総司はいつも彼女を安心させるように抱き締めてくれた。そして彼女はそうやって、いつも慰められた。彼がいると、安心して、落ち着くのだ。彼のぬくもりは、幸せにしてくれる。それを、今も狼に感じた。
 ヒトではない。そんなことは関係ない。千鶴には目の前にいる彼が総司に思えて仕方なかった。
 まだ霧雨は降っている。彼女は空を見上げて、視線を彼に戻した。
「もし良かったら、……家に来ませんか?」
 彼は意思を伝えるかのように、千鶴の頬をぺろりと舐めた。彼女は彼を優しく包む。そしてそのぬくもりを思い出し、確かめるかのように、そっと唇を寄せた。
 涙は霧雨と共に土へ還った。あの日と同じく、空には層雲が広がっている。ぬくもりは違っていた。





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『花屋』の花都さんが総司が狼パロを書いてくださいました…!(そして自重せずにいただいてきました)

一人ぼっちになった千鶴の元にやってきた一匹の狼。あの日のかなしみと、ぬくもりの優しさ、この対比に私の涙腺がクラッシュしました…
かなしい、けど、やさしい。

俺得で描いた狼パロをこんなに素敵なお話にしていただけるなんて…本当に感動しました、嬉しいです…!
花都さん、本当にありがとです!

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