「一さん」
見慣れた背中を見つけ、そう声をかける。
まだ名前で呼ばれるのは慣れないのか、少し照れくさそうにはにかむ一さんを見ると、
──ああ、この人が好きだな、と改めて実感する。
いくら三月とはいえ、まだ吐く息は白い。こんな朝早くに外に出るなんて体に悪いと思った私は、一さんを追いかけてきた。
もちろん、咎めはしない。羽織りを渡すだけだ。
「どうかしたんですか」
一さんの視線をたどりながら問いかけると、嬉しそうな声が返ってきた。
「………見てみろ。新芽だ」
「あ………」
指差したのは、一本の桜の木。
この寒い寒い蝦夷の地でも、こうして桜が花をつけると知ったときは驚いたけれど……。
今はその成長を見るのが楽しくなりつつある。
「もう咲くんですね」
「ああ、春はもうすぐだ」
春、という言葉を聞き、私は微笑んだ。
春は好きだ。何もかもが暖かい。
「……この桜の木が満開になったら………、一緒に、」
「はい。見に来ましょうね」
そう言うと、一さんが、優しく私の手を握る。
なんだかその姿はとても儚いものに思えて…。
その存在を確かめるように、ぎゅっと強く握り返した。
───今日、私たちはとても小さな、けれどとても大切な約束をした。


(どうかきえてしまいませんように)






――――――

『零落ルビー』棗さんから相互記念に斎千をいただきました。

満開の桜を見るという小さな約束、だけど二人にとって先の約束をすることって大きな意味があるんですよね。
あたたかさと、その中に潜む切なさがたまりません(´`)

棗さん、素敵なお話をありがとうございました!これからもよろしくお願いしますっ。
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