今日の練習が終わったのももう青かったはずの空が黒一色に塗りつぶさ始めた時分で、相変わらず設備に恵まれない薄暗いグラウンドでは練習後も整備するため に何人かの部員が木製の薄汚れたレーキを引き摺り回して済んだ夜空の星空を愉しむ様でもなく砂埃を立て続けていた。その作業には主将の俺も勿論参加してい る。もう他の何人かもグラウンドの端の茂みに落ちたボールを拾いっては黄色いカゴに詰め込む作業に傾倒していて、マネを含む西浦高校野球部全員が片付けに 奔走していた。ナイターの設備を買えるほどの予算はまだ下りてきちゃいない。
夜も暗い中、こんな作業をするなんて大変だろう、特にボール拾い。
ちらり、と心配になって片目で遠くを見遣ると案の定あいつは小さい体躯でせっせせっせと忙しなく叢を両手で漁っている。
あいつは大した奴だ、といつも思う。
俺にはワカラない何か鋭い感覚で投手の球筋を読んで、その両手に握る金属製の棒の芯に気持ち良いくらいピッタリ的確に縫合された白い球の中心を打ち付け て、狙い澄ましたところにそのボールを走らせる。同じことに見様見真似で挑戦してもやり遂げられない俺とは違って、当たり前のようにそんなことやってのけ るもんだから悔しいって思うし、同じ打撃手としてその天賦の才能が羨ましい。頭の中でフラッシュバックする晴天下の田島の動作。その一つ一つがあんまりに も輝かしくて綺麗で繊細なものだから何度だってその姿を再現して真似盗ってしまいたい。だのに、時の隔たりに埋もれたその像は朧気で、しかも見るたび胃の 壁から生暖かい酸がじわりじわり滲み出してこの身を削るような心地に俺を陥れてくれる。無意識に強く押し付け過ぎたレーキの先が砂利底の硬い地面に突っか かってしまって、俺はその場で少々バランスを崩しかけた。けれど田島はそんな気も知らないで今度はその奥の茂みへとゆっくりと進み、俺に背中を向けながら 三橋となにやら喋り続けている。ああ、俺の憧憬も嫉妬も立派な一方通行だ。正直悔しい。だから、俺は逃げるようにアイツの欠陥、それも特に致命的なものを を常に意識している。それはあの叢に屈められた小さい背格好。もし田島が野球に生涯を捧げるべき人間として生まれてきたのならそんなハンディ背負うはずが ない、だからアイツだって凄い奴だけど結局は運の良かった『凡人』って思うことにした。アイツが並々ならないってのは知ってるけど、あくまで凡庸の範囲の それであって欲しいとか、我乍ら身勝手な思い込みだ。その場の作業とは何の脈絡も無いのに自嘲しそうになる。遠くの方でモモカンが集合を呼びかける声が聞 こえる。するとアイツはぱっとその方向を向き直って待ちくたびれたって調子でカゴを片手に駆けていく。結局見つめてるのは俺ばっかり。ついに溜息まで溢れ た。
焦れったい自分にうんざりして、もう一度肺に冷たい空気を取り込んだ。


結局全ての行程が終わった時にはもう何をやっても口から溜息ばかりのつまらない野郎に成り下がってしまった。
今日のオニギリも成果が上がらなかったせいでただの塩味のそれで。あんなやつのことを意識しすぎて練習に身が入らないだなんて笑えない。
身支度を済ませて、西浦と書かれたエナメルバッグを片手にその場から立ち上がる、と丁度アンダーシャツを脱ぎ捨てて無地の白いTシャツから丁度腕を通り抜 けさせたばかりの田島と漸く目があった。そばかすだらけの見慣れた顔がこっちを向いていると思うと違和感を覚える。ほんの2、3秒ほど目を合わせた後につ いつい自分から目を逸らしてしまって分が悪いのを感じた。



「花井、」
「……何だよ」
「お前も一緒に帰ろーぜ」



ああ、何だかんだでもう一度鉢合わせてしまったた瞳にはきゅうと引き上げた口許とその輝かしいばかりの瞳孔が浮かんでいる。




どうせ他人事

(身勝手に笑う君が少しだけ憎くて、少しだけ羨ましくて、少しだけ好き)







剃刀」のとげこ氏から頂きました。
随分前に頂いたものですが今更掲載…ごめんね、許してくれるって信じてる!
とげこの文章はひどく印象的でビビットだなぁと思ってます。彼女の書く田島はきっとすごくいい意味で純粋でキモチワルイんだろうなぁと思うとキュンキュンします。
ありがとう!またタジハナ書いてね!待ってます。
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