それは十年後かもしれないし一年後かもしれないし明日かもしれない話だった。そもそも正しい形でつがいになったわけではなく、法律上俺たちはただの同居人という宙ぶらりんな関係なのだから尚更。けれども夫婦だっていくらでも他人になれるわけだからそこはそう重要ではない。問題なのはもっと本質的な、二人は一つではないという事実だった。


俺はいつも花井にくっついて眠る。花井は鬱陶しがる日もあるが大概は黙ってそれを受け入れる。時折背中に手が回される時は飛び上がるほど嬉しい。何十年も一緒にいるのに可笑しい話だ。こんな俺を花井は知っているのだろうか。知っているようで知らないだろうな、と思う。体は一つになれても精神は一つにならない。完全な理解はあり得ない。ここで抱き締め合う二人は当たり前のように個々の存在だということを忘れかけて死ぬほど辛くなったりする。花井を縛り付けておきたい。けれどそうしたらこの穏やかな夜はきっと終わってしまうのだと思ってそれをやめる。相手の思考回路を奪うのは本物ではないと俺は花井との十数年でゆっくりと学んだのだ。
それでもさようならを考えるとき、花井が俺から逃げるとしたら、その足を使い物にならなくしたいと思う。相手を、自分の所有物のように扱うのは、さみしいことだ。それでも。


愛してるの言葉と一緒に行う行為をいつまで許されるのだろう。十年後?一年後?それとも明日?身体的に無理を強いているのはわかっていて、そして確固たる形のない関係である以上、その瞬間は、きっと簡単に訪れる。


「…田島?」
「あ、え、なに?」
「くるしい」
「あ、ごめん」
「なんかあったの」
そう言ってやさしい手のひらが背を撫でる。無意識に花井をぎゅうぎゅう抱き締めていた腕の強ばりが融けてゆく。あったかくてじんわりしてやさしいのに熱いなにかが胸から鼻に昇った。


ねぇ、なにかあったよ、さみしいよ、好きだよ、ずっと一緒にいたい、それを許してくれる?
お前は自由だ。だからこそ。


「…くるしい、って」
「うん」

そう言いながら今度は意図的に目の前の愛しい人を強く抱き締めた。彼の胸に鼻を押し付けて匂いを嗅ぐと何より安心した。くすぐったい、と花井が小さく笑う。固いけれどあたたかい体が揺れた。いつかおしまいの日にも隣にいて欲しいと思う。これは愛だろうか。





100519/田島と花井
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