「聞いてくれよ、なあ。今度は随分とまあ滑稽なシナリオが出来たぜ」

 突然降り掛かってきた声に、ノートに板書をする腕を止め、古橋は首を擡げた。必然的に、声の持ち主である花宮と目が合う。花宮と古橋は席が前後であるため、花宮はやすやすと古橋の机を占領出来る。現に、彼は今無遠慮に頬杖を付いている。珍しく上機嫌なようで、口角を吊り上げ、にやにやと楽しげに笑っていた。
 花宮の目はいつだって薄暗く、どろりと濁っている。まるで、急須で入れたお茶のように。少し前にそれをありのまま伝えたら、お前にだけは言われたくない、とこっ酷く毒突かれた。
 いつまでもその滑稽なシナリオとやらを話さない花宮を一先ず捨て置いて、板書の続きを優先する事にした。シャープペンシルを一、二回カチカチと鳴らし、ノートに文字をすらすらと書き込んでいく。黒板を見遣るときに再び花宮と目が合ったが、此方の行動に対し意に介した様子は特に見られなかったので、構わず書き進めた。

「む、花宮。少し左に傾いてくれないか。字が見えん」
「ふはっ、やだね。授業中に書き終わらせないお前が悪いんだよ」
「それはご尤もだがな。仕方ない、実力行使に出るしかないな」

 きりりと眉を吊り上げて、左手で花宮の頭を躊躇なく鷲掴む。花宮が驚いて制止の声を上げたが、構わずに無理矢理左に傾かせた。その際、首の関節辺りから軽快で小気味の良い音がした。正直可哀相なことをした気がするが、素直にどかない方が悪い。古橋は己にそう言い聞かせるのだった。
 ――うむ、おかげでよく見える。とりあえず板書が終わるまで、ぎゃあぎゃあと声を荒げる花宮の頭をしっかり押さえ付けておいたのだった。

「よし」

 片手がこうも塞がっていると文字を消すときに些か不便だったが、何とか書き終えた。そろそろ解放してやるか、と頭を掴まれたままの花宮に目を遣る。

「……まるでバイスクローみたいだな、これ」
「そういうキモい冗談はやめろよ。虫酸が走る」

 先の一言で花宮は明白に頭にきてしまったらしく、手を乱暴に振り払われた。

「すまない。ところで滑稽なシナリオとやらは何なんだ」
「ああ、すっかり教える気が失せたよ」
「自分から聞いてくれと言った手前の癖に」
「そうだったかな?」

 押し問答をしているうちに、始業のチャイムが鳴る。気がつけば、教室に残っているのは古橋と花宮の二人だけだった。

「花宮、お前に悪いニュースがある。どうやら次の授業は移動教室だったらしい」
「ふは、分かってるよ。古橋ィ、四十秒、いや、二十秒で支度しろ」
「どうせもう授業始まっているだろ。たまにはのんびり行かないか、優等生の花宮君」
「バァカ、優等生が遅刻とか洒落になんねえんだよ。劣等生の古橋君と違ってな」

 もう手遅れだろ、と思ったが、ちらりと花宮の表情を伺うと、ああだこうだ文句を言っていた割には古橋の意見に賛成しているらしい。

「そうだな、古橋君に花宮君見捨てないで、って今までずっと泣きつかれて身動きが取れないでいたんです、でいいか」
「……何の話だ」
「遅刻の理由」
「おい、花宮おい」

 流石の古橋でも頭にきたようで、花宮に掴み掛かろうとするが、当の花宮はひらりと華麗に避ける。これ以上やっても無駄だろうと判断した古橋は、そそくさと支度をし、花宮を捨て置いて無言でダッシュした。

「ちょ、てめ、人がわざわざ待っててやったのに」
「誰がいつ待ってろと頼んだんだ。そして、今正に滑稽なシナリオとやらを話すチャンスだが」
「しつけーよ、一生教えねー」
「花宮このやろう」

 古橋と花宮は和やかにいがみ合いながら、我先にと移動先の教室へ向かっていくのだった。

2013.04.25.
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