朝練が終わり、自分の下駄箱から上履きを取り出したところで、黄瀬は二つ上の先輩である森山に手招きされた。
 風変わりなこの森山の呼び付けとあっては、きっとろくなことではないだろう。黄瀬は会釈をしてから上履きを履き、森山の方へ歩み寄った。

「どうかしたんスか?」
「なに、ちょっと見せたいものがあってな」

 黄瀬が近くに来たのを確認すると、森山は深刻な表情で己の下駄箱を開けた。すると中からは、大量のラブレターと思しき手紙が雪崩のようにどさりと床に転がった。

「黄瀬……何も言わずにコレを見てくれ。こいつをどう思う?」
「凄く……大量です……」
「だろ?そして悲しいことにこのラブレターは全て野郎共からだ」

 反応に困った黄瀬は、はは……と渇いた笑みを零した。

 目の前に佇む無表情の森山は、十中八九イケメンの部類にカテゴライズされるだろう。男には似つかわぬ白い肌に、切れ長の凛とした目元。何だかんだで頭は切れるし、スタイルだって悪くない。彼は男らしさとは少し離れた麗しい美男子だ、と黄瀬は見解する(現にかなりの量のラブレターが届けられている。森山曰く、全て男性からのものらしいが……憐れなことだ)
 とにかく、これだけの容姿なのだから、本来ならカノジョの一人や二人ぐらい出来ていてもいい筈だ。
 それでもカノジョが出来ないのは、やはり中身の方に問題があるのだろうか。
 何せ、森山はこのクールな見た目に反して生粋の女好きで、女性を見かければ所構わず古臭い口説き文句でナンパする。ついでにあまり空気も読めない人物だ。あの笠松にすら「残念なイケメン」と称されている所以はそこにあった。
 もしくは、出来ないのではなく何らかの理由で作らないか。もしそうだとしたら、恐らく既に誰かとできているという事になる。黄瀬は脳裏に一人の人物を思い描いた。

 黙ってりゃ別嬪なんスけどねえ、勿体ないっスよね、と言いかけたところで口を噤む。件の森山と目線がかち合ってしまったのだ。その悲痛なまでに真剣な眼差しは鋭く、まるで刃物を突き立てられているようで生きた心地がしない。互いに視線を逸らすタイミングを失って、気不味い空気の中数分間見つめ合う。

「何してんだお前ら」
「小堀!」
「あっ小堀センパイ!はよっス」
「おう、おはようさん」

 無言のまま男二人が見つめ合っているという妙な雰囲気の漂う現状に困り果てていると、森山と同じ学年に当たる小堀が助け船の如く颯爽と現れた。黄瀬は縋り付くように森山から小堀の方へと近寄る。
 状況を素早く読み取ったらしい小堀は、にこやかに黄瀬の肩をぽんと叩く。黄瀬もつられて苦笑いした。

「まあ、森山は昔からモテるよな。特に男から。それと黄瀬、対応に困った時は適度にスルーしてやれ。下手に構うと森山の為にもならないからな」
「はあ、了解っス!」
「皆まで言うな、泣けてくる。あと小堀お前その言葉はどういう意味だ」
「はは、そのままの意味だよ」

 小堀は人の好い笑顔を森山にも向けた。苦虫を噛み潰したような顔でぐぬぬ、と唸った森山を一瞥し、言葉を濁して追及を拒む小堀のその姿勢に、黄瀬は感心した。

「あ、そういやオレらが高一の頃、遠征帰りに興味本意で新宿二丁目に迷い込んだ時はやばかったな」

 小堀は足元に散らばるラブレターの山を見遣りながら、ぽつりと呟く。
 先輩方が高一のとき、黄瀬はまだ中学生である。当然、皆目見当のつかない話題に首を傾げた。
 そんな黄瀬の事情なんぞ露知らず、お構いなしに二人は会話の遣り取りを続ける。

「ああ……主にオレの貞操がな……。あの時は流石に死を覚悟したよ」
「あそこは興味本位で遊びに行く場所じゃないよな。オレも森山みたいな色男だったら危なかったかも」
「はあ?小堀は十分男前だろ。オレという者がいながら可愛い女の子達からよく手作りのお菓子を貰っているのを知ってるからな」
「せっかく作ってくれた物なんだから、無下に断れないだろ」
「ちょ、ちょっとセンパイ方、こんな場所で惚気るのはやめてくださいっス」

 二人の痴話喧嘩に居た堪れなくなった黄瀬は、慌てて会話に割り込む。

「え?あ、ああ……なんか、すまん」

 小堀は眉尻を下げて申し訳なさそうに謝る。彼とは対照的に、森山は拍子抜けをしたようにキョトンとするだけであった。

「黄瀬、何茶化してんだ。断じて惚気てなんかないぞ」

 女の子相手ならまだしも、男――しかも小堀相手に惚気るもなにもないだろ。森山はあっけらかんと言い放った。小堀もそれに同調したようで、そうだよな、とコクコクと頷く。
 黄瀬はからかわれているのかと邪推したが、二人の目は至極真面目で、そのような感情は一切見受けられなかった。黄瀬は途端に感じた居心地の悪さに肩を竦める。
 てっきりこの二人は既にそういう関係だと思っていたのだが、どうやら的が外れたらしい。この人達はまだ、自分自身の想いにも気付いていないのだろう。その証拠に、森山は彼が最も愛する女の子相手にジェラシーを抱いていたというのに、それを自覚していなかった。小堀だって無意識のうちに森山の事を誉めそやしては甘やかしている。所謂似た者夫婦、といったところだろうか。

「あー……なんていうか、森山センパイにカノジョが出来ない訳が分かりましたっスわ」
「なにっ、黄瀬、詳しく教えてくれ!直すから!」
「いやあ、直に分かる日が来るんじゃないっスか?本当お似合いっスよね。お二人は」

 黄瀬は口の端が段々と引き攣るのをしみじみと感じた。これ以上この二人と会話しているとまた余計な事を口走ってしまいそうだ。なので、いち早く逃げるのが上策だと思い至った。

「えーと……あ!もう少しでホームルームが始まっちゃうんで失礼するっス」

 乱雑な会釈をしつつそう早口で捲し立て、黄瀬はそそくさとその場を去った。



 残された小堀と森山は、互いに訳が分からないといった表情で顔を見合わせる。

「黄瀬ってさあ」
「ああ」

 変わったやつ。まるで目の前を台風が通過したみたいだ。森山は溜め息を一つ吐いて、足許に散らばる手紙をせっせと掻き集め始める。

「ああ、オレも手伝うよ」
「おう、助かるわ……、」

 伸ばした手が、手紙を束ねる森山の手の甲に偶然触れる。このところ厳しい寒さが続いているからだろうか、森山の手はひどく冷たかった。
 暫くその冷たさをじわりと知覚していたが、目の前にある森山の頬が赤らんでいるのに気が付いて、慌てて手を引っ込めた。

「あ!わ、悪い」
「ああいや、こちらこそ」

 先程のやり取りで気が動転したらしく、うっかり集めた手紙をばらまいてしまった森山は、慌てふためきながら再び掻き集め出す。俯いている所為で表情は伺えないが、露出した耳は薄ら赤く染まっていた。小堀はそんな森山につられて、顔から火が出そうな程熱を帯びるのが分かった。
 おいおい、相手はあの森山だぞ。何故こんなにもドキドキしなくちゃならないんだ。落ち着け、オレ。何度も自身にそう言い聞かせるが、一向に熱も胸の高まりも冷め遣らない。
 森山は相変わらず、手紙を集める動作が酷くぎこちない。見兼ねた小堀は、今度は森山をなるべく刺激しないように、細心の注意を払ってそろりと手紙を拾うのだった。

2013.01.04
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