※永井が初っ端から死んでいます
※カニバ、流血等のグロテスクな表現あり





どす黒い赤が渦巻く空の下。かわいいかわいい後輩だったそれは、苦悶と憎悪の表情を残したまま白目を剥いて芝生の上に仰向けに寝そべっていた。
沖田はそれの頭部から足先までを嘗めるように眺め入りつつ、距離をつめる。

「な、が、い」

永井のすぐ側まで近付くと、歩みを止めてしゃがみ込む。そして、にたりと薄笑いを浮かべて永井の頬を優しく撫でた。が、まだまだ拙いフェイスペイントが少しだけ剥がれたただけで、永井は起きなかった。

「はは、根性出せよ。ほら」

すっと立ち上がり、永井の脇腹に蹴りを一発お見舞いする。永井の成人男性にしては華奢な造りの身体は、なんの抵抗もなくただビー玉のようにころりと転がっていった。
その無抵抗っぷりに些か興醒めした沖田は、転がっていった永井に再び接近しその顔を覗いた。永井は先程と変わらず酷く歪んだ顔をしていた。
もう死んでしまったのだろうか。沖田は残念そうに小首を傾げる。すると、その動作にごきりと大きな音が伴った。
今のでうっかり頸骨がいかれてしまったのではと不安になって、その部分をそっと摩る。が、幸い大事には至っていないようだった。
ほっと安堵の息を吐く。その時ふと永井の腹部に目がいった。真新しかった迷彩服には夥しい量の血液がこびりついている。いくつもの銃創から大量に血を流していることが服越しにも見て取れた。どうやら死に至った原因はこれのようだ。
沖田は可哀相に、と一言呟いてにやりと笑った。
殻にガタが来ている所為か、突然右手の力が抜け、手にしていた小銃がカラン、と沖田の足許に落ちた。血溜まりに落ちた衝撃で真っ赤になった小銃とそれを幼子のように交互に見遣る。
はて、これは誰の血だろう。赤々としたその液体は、どう見ても闇人のそれではない。ということは、十中八九人間のものだろうか。沖田は鈍った思考を必死に巡らせ思案する。

「…あ、」

そうだった、永井を殺めたのは己だったのだ。己がたった今永井を撃ち殺したのだ。
目蓋を閉じればその時の光景がありありと思い浮かぶ。乾いた銃声に火花のように飛び散る赤。永井の円らな瞳には、沖田の嫌みたらしい笑顔と死という本能的な恐怖が刻まれていた。
そうして永井の生は沖田によって呆気なく幕を閉じたのだった。
こんなにも愉快なことを忘れていたとは。やたら忘れっぽいのはこの殻の所為だと思い込み、そして何を思ったか沖田は落としたままの小銃を拾うこともせず、手袋を外して永井のフェイスペイントを指で乱暴に落とした。白目を剥いたままでは少々憐れなので、静かに両目蓋を閉ざしてやる。すると、憎悪で彩られていたそのかんばせは先程よりは幾分穏やかに見えた。

「勿体ないことをしたかな」

永井の額から鼻筋までを指ですっとなぞってみる。まだまだ若盛りだったからだろうか。その肌は何処も彼処も張りがあり、なぞる指先を押し返すように包み込んだ。堪らずすう、と息を吸い込めば肉の馨しい香りが鼻腔を擽る。沖田は無意識のうちに舌舐めずりをしていた。

彼の喉元に恐る恐る食らい付く。
死んで間もない彼の肉体は未だ死後硬直が始まっておらず、難無く沖田の八重歯を受け入れた。つぷり、と歯を立てるとじわりと新鮮な血液が滲み出る。そして、遠慮がちに肉を噛み切った。その肉を舌先でころころと転がすと、口内に生暖かい血液がじわりと広がる。一頻りその味を堪能した後、ゆっくりと咀嚼し飲み下した。
沖田は口内にあった肉の余韻に浸りながら舌鼓を打つ。初めて味わったそれは、生臭さも気にならない程柔らかくそして美味だった。知らず知らずのうちに再び永井の喉元へ手が伸びる。今度は躊躇せずに貪り食った。
一口また一口と頬張る度に殻の永井に対する記憶が蘇る。子犬のように沖田さん沖田さんと付いて回っては、いつもはにかみ笑いを浮かべる。短くざんばら髪の頭を一撫ですれば嬉しそうに目を細める。訓練中は機敏に動くのに普段は鈍臭かったかつての永井を愛おしみながら腕を齧った。
彼の肉を噛み締め胃に収めることによって、いずれそれが己の血肉として取り込まれるだろうか。沖田はそう考えてはぞくぞくと歓喜に震えたのだった。
やがて死語硬直が始まったのか、やや肉が固くなってきた。意外にも男らしくごつごつした永井の指に歯を立てながらそう思った。
残念そうに永井から離れ、改めて彼の全体を見てみる。最早永井だったものは、獣が食い荒らしたように酷く損傷し、見るも無惨な肉塊と化していた。

(可哀相に。やったのは俺自身だけど)

辛うじて残っている頭部を撫で、鼻先に軽く口付ける。一瞬だけ微笑んだかのように見えたのは、都合の良い幻だろうか。

「なんですか、それ」

突然降り掛かった低音に思わず全身を強張らせる。蛇に睨まれた蛙の如く直立不動の沖田に返答を求めるのは諦めたのか、その声の持ち主は怪訝そうに此方にゆっくりと歩み寄ってきた。
そして、硬直したままの沖田を素通りして永井だったものの側でしゃがみ込む。己の目の前に出てきて漸く、近寄ってきた人物が周辺をうろちょろしていた部下だと沖田は理解した。しゃがみ込んで何をするかと思えば、その部下は手にしていたスコップの先で永井だったものを無遠慮に突き回し始めた。が、やがて土埃を被った顔を見るや否や、心底下卑た悲鳴を上げながら後退った。

「うげぇ、よく見たらこれ永井じゃないですか。あーあ、こりゃ酷い。一体誰の仕業でしょうね」
「…はは、」

沖田はただ苦笑いを浮かべるしかできなかった。誰、と言った辺り此奴は沖田のことを疑っている…いや、もう既に気付いているのであろう。部下の言葉は沖田にとって遠回しに咎められているようにしか聞こえなかった。

「こんなにズタボロじゃあ殻としての機能を果たせないかも…どうしましょうねえ沖田二曹?」

部下は振り返って沖田を見据える。口許は辛うじて引き攣った笑みを浮かべているが、恐らく布で覆われた目許は笑っていないだろう。
沖田はその責め立てるかのような厳しい視線に耐え切れず目を逸らした。

「どうしてこんなことしたんですか」

部下の重苦しい一言が胸にぐさりと突き刺さる。嗚呼、やはり見透かされていた。沖田は笑みを絶やさぬまま、内心悪態をついた。

「…お前は本当、勘が鋭いよなあ」
「まさか気付いてないんですか」

部下は然もありえないとでも言いたげにしげしげと沖田の顔を見遣る。彼のまなこは布で覆われているにも拘わらず、何故こうも刺々しさを感じるのだろうか。

「…あなたは鼻が麻痺しちゃって分からないかもしれませんが、あなたから死臭がぷんぷん漂ってますよ。それに、」

そこまで言いかけると部下は口を噤み、何を思ったのか、突然パントマイムのような身振り手振りをして何事かを訴えかけてきた。沖田は訳も分からずただ首を捻るばかりであった。
それでも暫くの間よくよく見続けていると、部下が頻りに口許を指差しては拭う動作をしていることに気が付いた。沖田は何となしにその動作を真似て己の口許を手の甲で拭う。
沖田は驚愕した。何かを拭い取った手の甲には、べっとりと粘性のある赤黒い液体が満遍無く付着しているではないか。呆気にとられたまま部下の方を見遣る。部下は白い歯を見せはにかみ笑いをしながらやっと気付いたかと言わんばかりの面持ちをしていた。

「それだけ返り血塗れになっていたら、誰しもあなたを疑うでしょうよ」
「それもそうだな」

お互い顔を見合わせ、からからと笑い飛ばした。もっと最低だのと口汚く罵られると思っていたが、案外淡泊な質のようで、沖田がやったことを認めると永井のことなど至極どうでも良さそうにその場を去っていった。

「…さて」

沖田はちらりと永井の様子を伺う。相変わらず酷い有様だった。だが、その芳しい香りを嗅ぐと、先程まで満たされていた筈の腹が鳴り出した。
やはり欲望には勝てぬと悟った沖田は、再び永井の方に向き直り永井の唇をべろりと舐めた。早く永井の全てを胃の中へ収めなくては。謎の責任感のようなものがふつふつと沸き起こる。
沖田はにたにたと卑しい笑みを湛えながら、また彼の肉へ食らいついたのだった。

2012.02.02

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