かしゃり、と安全装置を外す音が暗くなりつつある船内に木霊する。その音を聞く度に嗚呼、これは夢の中ではないのだと思い知らされる。鳴り止まない警告音にまたかと溜息を吐いて、ライトを点灯し銃口を対象物に向け引き金を引いた。籠められた銃弾を二発ほど発砲すると反動で一歩仰け反ったが、対象物は耳障りな断末魔を上げて消し炭のように縮こまった。

「…化け物め」

胸の奥にふつふつと沸き上がる憎悪をすっかり縮こまったそれを踏み付けることで抑えようとするが、いくら踏み付けてもほとぼりは一向に冷めない。それどころか、ますます憤りの激情が込み上げてきた。そこで、己の足を退かして最早布切れとなったそれに狙いを定めて残りの銃弾を全て撃ち込んだ。布切れすらの跡形も無くなったところで、一息吐いて弾倉を装弾していると、不意に肩を乱暴に叩かれた。

「いつまでやってんだよ。急がないとまた囲まれるぞ」
「…分かってるよ」

声の主をぎろりと睨む。叩かれた肩が徐々に痛みだしたからだ。睨まれて精悍な顔を不快そうに顰める青年は口を窄めながら辺りの警戒を解く。未だ警告音が鳴り続けているのが気掛かりではあるが、今の所安全そうなので此方も警戒を解いた。そして、本日何度目かの溜息を吐く。それはただの新米編集者なのにも拘わらず、銃の扱い方やこの一連の動作に慣れてしまった自分への当てつけでもあった。

「…よし、先を急ごう」
「ああ」

先導する迷彩色を目で追っている内に感じたのだが、その背中は最初出会った時よりも逞しく、薄汚れた迷彩服も幾分か着慣れたように見て取れる。ひょっとするとこの青年は、自分とは比べ物にならない程の死線を潜り抜けてきたのだろうか。ならば相当疲労が蓄積しているのではないか。休養を取った方が賢明なのではないのか。全て杞憂だとはわかっていても、この非現実的な状況の中、要らぬことを次々と考えてしまうのは人の性なのだ。

突然パアン、と乾いた銃声が静寂を破った。
最早見飽きてきたその背中が一転、ぐらりと揺らぐ。何が起きたのか理解出来なかった。足に走った急激な熱に浮かされたかと思うと、全身の力が一気に抜け、ガタンと甲板に額を打ち付け倒れ伏す。それで漸く自分の置かれた状況に気が付いた。

俺は、足を撃たれたんだ。

倒れた衝撃で手放してしまった拳銃へ手を伸ばす。しかし、すんでの所を掠めるばかりだった。届きそうなのに届かないそのもどかしさに下唇を噛む。此方を向き何事かを叫ぶ青年の姿を視界の端で捉えたが、足元から侵食してくる熱によって混濁していく意識の中では成す術がなく、重さを増していく目蓋を静かに閉じた。



一体どれくらい経ったのであろうか。ふと目蓋を開くと、清々しい青空と目映い太陽の光の代わりと言わんばかりに津々と禍々しさを湛える不気味な暗紅色の曇天が一面に広がっていた。
指先から伝わる柔らかな感触からして、いつの間にやら船の外に脱出していたようだった。

「これでよし…っと」

何故か重い身体の代わりに眼球をぐるりと動かし声のした方を見詰める。丁度自分の足元付近にあの青年が佇んでいた。青年は此方の訝る視線に気付くと、極めてばつの悪そうな表情をした。

「あー、その…ごめん。俺が目を離したばっかりに…要らない怪我負わせちゃって」
「怪我?」

思い当たる節のない単語に首を傾げる。そういえば、と気絶する前に何者かに撃たれたことを思い出した途端、忘れていた痛みが足に走った。
じくじくと化膿するような痛みに小さく呻き声を上げる。その度に青年は吊り上がった眉を申し訳なさそうに八の字にして困惑していた。次第にその悪事を咎められた子供のような表情が見るに堪えなくなって目線を逸らした。
その際にちらりと見えた己の足には、化け物が纏っていた物と同じ黒い布が乱雑に巻き付けてあった。

「…これ、あんたが?」
「え?…あ、ああ。一応手当はしておいた」

逸らした目線を元に戻すと、青年は鋭い眼光で此方を確と見据えて頷いた。
よりによって化け物の着衣で処置をしなくてもいいとは思ったが、その僅かな優しさが身に染みた。

「…有難う」
「気にするなって。それよりお前、歩けるか?」

砕けた笑みを浮かべる青年を余所に、上体を起こして寝かせたままの足をふらふらと左右に動かしてみる。いくらか身体に気怠さが残っているものの、歩くことに支障はなさそうだった。

「ああ。なんとか」
「そっか…よかった」

お互い、目を合わせて安堵の溜息を吐く。異界の中だということを忘れてしまう程和やかな雰囲気になったところで、青年が思い出したように早口で捲し立てた。

「あ、そうだ。お前、名前は?俺は永井。階級は士長」
「…一樹だ。階級は…新米編集者」
「ふーん。あんた編集者だったわけ?その割には銃の扱い上手かったけど」
「それは…慣れだ」

他愛もない会話を繰り返している途中ふと、赤黒い雲の渦の中心部にそびえ立つ摩天楼のような鉄塔が目に留まった。
尻餅を付いていた状態から緊張した面持ちで立ち上がると、何かを感じ取った永井が此方に向けて9o拳銃を放り投げた。

「あの時落としたろ。使えよ」
「ああ」

地面に転がった拳銃を拾い、先程見つけた鉄塔を指差す。永井が指差された先を確認したところで、鉄塔の方角へ歩みを始めた。

其処に元の世界へ帰る方法がある筈。そう考えが及んだからだ。
数歩歩みを進めたところで後ろを振り返る。唖然とした表情のまま固まっている永井に向けて言い放つ。

「あの鉄塔を目指そう」



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