※学パロ孫鶴→小太





いつも窮地に陥った時には何処からともなく颯爽と現れて、わたしを助けてくれたあのお方。
お声を掛けようとするとふっと姿を消してしまい、けれど去り際に決まって宵闇の羽根を残してくれたあのお方。

わたしの心はあのお方の事で一杯に満たされていました。きっと、この感情はおまつちゃんがおっしゃっていた初恋というもの。あのお方の事を考えるだけで思わず笑みが綻んで、胸がぽかぽかとなって、両手に収まりきらない程の幸せで包まれるようなあの感覚。
ぬるま湯に浸かるような甘ったるい感覚にわたしは心の底から依存し甘えていました。


――それも、もうおしまいなんですね。


短いようで長いお昼休みの時間、桜色の布に包まれたお弁当を持って滅多に立ち寄らない屋上へと足を運んだ。いつもは教室でお友達と一緒に食べるけど、今日は何だか気が向かなかった。理由は疾っくに理解してる。けれど、未だに事実を受け入れたくないわたしがいた。
そうこうしている内にも屋上に着き、当てもなく良さそうな場所を探す。すると、肩までかかるライトブラウンの髪をふわりと棚引かせながら手摺りに寄り掛かって校庭を眺めている孫市ねえさまの姿を見付けた。
どう声を掛けようかとぼんやり立ち止まっていると、此方の視線に気付いたのか柔和な笑顔を浮かべて手招きをしてくれた。
ねえさまの優しさに、今だけ甘えてしまおうかしら。そんなしみったれた考えを振り払って、わたしは張り付けたような笑みを造って近くに駆け寄る。

「このような場所に来るなんて珍しいな、姫」
「…ちょっと、気分転換に」

そうか、と言ってねえさまはわたしの頭を優しく撫でる。女性らしくふっくらとした指先で撫でられるのは非常に心地が好かった。ねえさまは其処いらの教師とは違って、わたしのような一生徒に対して本当に親身になって一緒に気持ちを共有して下さる。可視出来そうな程の慈しみに、抑えていた涙が込み上げてくる。それを悟られないようにと表情を強張らせていると、ねえさまは穏やかな笑みを湛えて此方に目線を合わせてきた。

「何か辛い事でもあったのか?」

嗚呼、ひょっとしてわたしがどんなに繕っていてもねえさまは全てお見通しなのかも知れません。ねえさまの一言一言が、心の琴線に触れるように隅々まで染み渡る。わたしは観念して泣き笑いをしながら口を開いた。

「…えへへ、わたし、フラれてしまいました」


わたしは二年生。あのお方は三年生。今はもう3月に入ってしまって、もうすぐあのお方はこの高校を卒業してしまう。だから、巣立ってしまう前に気持ちだけでも伝えておこうと三日前にあのお方の下駄箱に恋文を入れた。今日の放課後、屋上で待っていますとだけピンクのボールペンで書いた恋文を。その日の放課後、ドキドキしながら待っていると手紙を片手に持った彼がやってきた。わたしは緊張してしどろもどろになりながらも、必死で貴方の事が好きなんですと告白した。その間、あのお方は黙って聞いてくれた。そして全て告白仕切った後、ただ一言「ごめんね」と言われてしまった。

―その時、何かがわたしの中で音も無く崩れていく気がした。

「どうして、ですか」

よろよろと後退りして、そう問い掛けた。きっと上手くいくだろうと思っていただけあって、わたしはどうして駄目だったのか知りたかったのだ。あのお方は悲しそうな表情をしてまた口を開いた。

「僕、卒業したら此処を離れて都内の大学に行くんだ」

だから、君とは付き合えない。そう続け様に宣告した。滅多に聞けない彼の声は、透き通っていてとても綺麗だった。遠距離恋愛だっていいんです、とは流石に口が裂けても言えなかった。わたしは無理矢理笑顔を作って「や、やっぱりそうですよね!あ、大学に行っても頑張って下さいね、わたし応援していますから」と訳のわからない事を捲し立ててその場を後にしようとした。去り際に、あのお方から悲しそうな笑顔で「僕の事を好きになってくれて有難う」と言われた時は涙腺が一気に緩んでしまった。


「あのお方は、最後まで優しかったです」
「そうか。今までよく堪えたな、姫」
「ねえさま…」

わたしは三日前の出来事をしゃくりあげながらねえさまに洗い浚い話した。ねえさまはわたしが喋っている間、無言で頷きながらずっと聞いてくれた。全てを話した後、ねえさまは泣きじゃくるわたしの身体を優しく抱き締めてくれた。ねえさまの豊満な胸の柔らかな感触が酷く心地好い。

「そう悲しむな。姫はこうしてまた一つ大人になれたのだからな」
「うう…、ひっく、ほ、ほんとうですか?」
「ああ。我等はそう断言しよう」

ねえさまはわたしが泣き止むまでずっとあやすように慰めてくれた。やがて吹っ切れたのか、胸中に蟠っていたもやもやが綺麗に消え去った感覚があった。
ねえさまの腕から名残惜しむようにゆっくり離れて、にこやかにお弁当を持った片手を差し出す。

「ねえさま、お昼をご一緒しても宜しいですか?」
「勿論だ。姫と食べる飯はさぞ美味かろう」
「もう、ねえさまったら!」

そんな調子で談笑しながら手頃な場所に座り弁当を突く。

涙はもう乾いていた。



はじめての恋が終わる時
(わたしはまた一つ大人になった)





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つるひめの失恋話
うっかりタイトルがとあるボカロの曲と一緒になってしまいましたが、関連性は全く無いです


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