元より大谷を訪ねる者は数少なである。屋敷の、特に陽の当たらぬ自室へともなればなおのこと。そもそも他人との接触を厭う大谷が入室を許す者自体がひとつまみもないほどなのだから致し方ない話でもある。だから、無遠慮な足音が自室に寄るのならば大谷は一も二もなく面を上げる。既に耳馴染んだ床板を踏み鳴らす音は次第に大きくなる。ほどなくして、風を通すために開け放っていた襖の陰から痩躯が見える。

「刑部、入るぞ」
「よう来やったなあ、三成。いかがした」
「貴様に土産を持ってきた」

 大谷はひとつ瞬きをして、ああと頷いた。そういえば先日嬉々と語っていた、太閤に追随しての物見から帰ったのは昨日であったか。しからば、常より血色の好い頬もそれゆえであろう。太閤を神の如くに拝する男であるから、三成にとってはまこと夢のごとき日日であったのであろうことは想像に難くない。しかし、と大谷は胸中首を傾げた。そのように浮かれきった三成が自身への土産などということに思い至るとは思いもしなかった。大谷が太閤らの物見を忘れ果ててていたのは、ここ数日体調が優れず茫洋と褥で過ごす日日であったのもそうだが、そもそも三成が自身を気に掛けるとも思っていなかったからである。話を聞いた当初からして、まあ帰ればなにぞ、嬉々と話し参るであろと思った程度である。元より放っておいても大谷の元へやって来る変わり者であるのも相俟ってすっかり忘れていたというのに、土産などと。まったくもって奇異な男よ、と溜息にもならぬ息を溢した。さてもそのような大谷の心持など思い至りもしないであろう三成は懐よりひとつの小さな包みを取り出した。なにやら細長い、掌より少し大きいばかりのそれをいささか無愛想に「やる」と差し出す。それを受け取り、大谷は三成を見詰めて引き攣った笑いを洩らした。

「ぬしはまッこと奇異な男よな」
「なにがだ」
「ぬしはわからずともよい。われだけが知っておればよいことよ」
「そうか」

 やたら素直に頷く三成にもう一度、笑った。さして不快な様子も見せず、ただ視線で促す三成に、大谷はその包みに指を掛ける。やわらかな布は指をひっかけるだけではらはらと開いていく。じっと見つめる三成の視線を感じながらそれを幾度か繰り返せば中身が窺えて、そうして大谷は閉口した。「どうだ」と尋ねる三成に、なにか言わねばと考え幾度か口を蠢かすのだが考える端からほつれほつれていく。大谷は自身の手の内の簪に頭を悩ませた。簪である。細く削り出された枝、しゃらりと微かな音を立てる飾りは控えめながら上等な造りであることが窺え、どこぞの姫君などの髪にでも添えてやればさぞ映えよう。しかし大谷はどこをどう引っ繰り返しても、男である。あるいはお稚児のように見目もうるわしければその限りではないであろうが、病に蝕まれた大谷はみにくい。膿み爛れた膚をぐるりぐるりと包帯で覆い、色の変わった眼はもはや人のそれでなく気味悪い。誰の目にも明らかであろうに。大谷はただ三成の思うところがわからずに混迷した。

「三成、これは…」
「美しいだろう」
「確かにそうではあるがしかし」
「貴様に似合うと思った」

 は、と溢した。理解できぬ、とそればかりがぐるぐると頭を巡って、それより先に進むことができなくてただ掌のそれがやたらに存在感を主張してくるようであった。まっすぐに大谷を見つめる三成の眼は自身の発言をなにひとつ疑う様子もない。可笑しいとは気付かぬのか、大谷はほとほと困り果てた。

「やれ三成、われはこれをもろうたところでどうすることもできぬぞ」
「気に入らなかったか」
「そうではないが…」

 頭を抱えてしまいたい。大谷は口籠ったきり眉を顰めて掌の内のそれを見下ろした。どういう心積もりなのであろう、憶測さえも立たない。部屋に自然と積もる陽を受けてやわらかな光を孕むそれがいっそ忌々しく思えるがしかし、三成が手ずから呉れたものをぞんざいにも扱えず微かに指先が強張った。三成は言葉を失う大谷に対し続けた。

「折るでも棄てるでも好きにしろ。ただ私が貴様に似合うと思っただけだ」

 大谷は目を瞬かせた。なにがしたいのだろう、と思ってとうとう頭が真っ白になる。一度口唇を震わせ、しかしなにも言わずに閉じる。もうしばし頭をぐるりぐるりとさせた。ようやく「さよか」とだけ絞り出すと、三成は満足げな微笑を乗せた。奇異な男である。







101012
三成と刑部は噛み合わない