泥のように眠る青年をまじまじと見つめる。そういえばこのような機会などなかったなと思ってから、シリウスはちいさく頬を緩ませた。それも当然だろう、必要最低限以上の接近をこのアメティストス以上に、彼を信奉する同胞こそが許すまい。アメティストスを神の如くに視るあの小綺麗な同胞は元々わけもわからず俺に厳しいが、彼が絡めばなおのことである。それも含めても中々に面白いし勿論いい奴なのだが、やはりこれは希有な機会だ。そもそも人前で深く寝入ることのないアメティストスである。これほど至近距離でもなお起きないのだから、余程疲労が溜まっているのか。少し目を離せば無茶を繰り返す青年だ、やはりもっと休ませるべきなのだろう。大将として有事にこそ万全でいてくれなくては、という以上にやはり、単純にシリウスよりも一回り程は若いこの青年が心配なのだ。そう考えてから、それこそおかしく思えるのを堪えられなかった。この人に会うまでは他人になど構っている余裕などあるはずもなかったシリウスにとってこの感情はあまりにむず痒い。はは。思わずこぼした乾いた笑い声にもアメティストスは瞼をあげなかった。
 シリウスは寝台の傍に腰を落として、本格的に寝入るアメティストスの面を覗き込んだ。頭の隅で誰ぞが呟く。此処にオルフ来たら、俺死ぬかもなあ。しかしシリウスは腰を上げなかった。先程真面目くさったことを考えたが、やはり単純にあまりに珍しい光景に対してどうにも心がわいているだけの気もする。互いの鼻先が触れ合うほどに、とまでは勿論いかないが平時互いの身長差や当然となった位置関係だとかを鑑みればあまりに近い。ゆるりと掘り下げた記憶にも見当たらない。ああやっぱり、睫毛がすごく長い。額にかかる銀を帯びた白くやわらかそうな前髪の隙間から覗く睫毛は緩く弧を描き、天幕の隙間からゆるく降り注ぐ陽光を受けてなめらかな頬に薄い影を落としている。肌だとて、勿論野を駆けた相応に焼けているのだけれどそこいらの女より余程なめらかだ。手入れしている訳でもあるまいに。そう思って髪を見て、おおと思った。紫を流す白銀の髪は陽を受けてきらきらと眩しいが、よくよく見ればそこそこに傷んでいるのが見て取れる。背にかかるほど伸ばされたせいもあるだろう、毛先にいけばゆくほどに傷みが目立つ。確かにアメティストスはこまめに自身の髪を手入れするどころかむしろ無頓着と言える気質であるから当然と言えば当然なのだが、しかしこのような無為なところがやたらにいとしい。彼はどうにも、庇護欲を煽る。自身より余程芯のこわい青年に対して言うことでもないだろうが、シリウス自身誰かにそれを理解してもらおうとも思っていない。ともすれば自身だけが理解してさえいればいいとすら思っている節があったのだが、それはさほどシリウスの表層には浮かばなかった。さすがに髪に触れれば目覚めるだろうかと思いながらもシリウスの指先は寝台に散る銀糸に寄せられた。ゆるりとそれを触れるか触れないかと撫でたところで、先程散々と見詰めた睫毛が小さく震えた。慌てて手を引いて、更に退こうとするよりはやく紫水晶の瞳が真っ直ぐにシリウスを見て少し円くなった。なんとも、身の置場に困ったシリウスはへらりと頬を崩した。呼応してしかめられた眉は実に怪訝そうである。

「何をしている?」

 ただただ不思議そうに、アメティストスは未だ横になったまま首を傾げるような仕種をした。敷布と銀糸が擦れ合う。「いやあ、」と笑うシリウスを見遣る目はいつだって真っ直ぐだ。

「やっぱりあんたはべっぴんだなあ、なんて」

 青年は理解に苦しむ、と言外に眉を寄せた。

「疲れているなら休め」
「そりゃこっちの台詞ですって」

 もうちょい寝てくださいとその髪をぐしゃりと掻き交ぜてやる。まあ俺が起こしたんだが、とは付け足さなかった。








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できてるかできてないかきわどい