あれをくれ。それをくれ。これをくれ。家康はそのようなことを繰り返して三成の数少ない所持品をひとつひとつ指差していく。その向かいに座する三成はそのいちいちに好きにしろと答えていった。不快な様子もなく思案する様子もない。それどころか家康が指す一々を確認さえしない。三成は元より寡欲なたちであるがそれ以前、それ以上である。いっそ異常だ。まるでこれから死ぬようではないか。発つ鳥、後を濁さず。思うてから家康は自身に首を振る。この男の後は濁らず、ただししどに赤黒い。ひとしきり、もう部屋のあれやそれやを家康が貰い受けることになった頃合いになってから、家康はようやく首を傾げた。「困らぬのか?」と尋ねた。三成はひとつ瞬きをした。子供のような、目だ。

「何故だ」
「元より必要なものしか置いていないだろうに」
「ああ」
「いいのか」
「構わん」
「何故だ?」

 三成の目は純粋なまま、一直線に家康を射貫いた。底まで覗けそうな瞳を見つめる。が、覗き込む勇気はない。どこの阿呆がそのような恐ろしいことをしようというのか。

「必要でない」

 それ以外になにかあるのか。と三成は続けた。家康はじわりと口腔に浸みた唾を飲み下した。

「筆が無くば文も書けまい」
「ああ」
「それがすべてとは言うまいが、本が無くば学ぶにも苦労しよう」
「ああ」
「あかりが無くば夜なにをするにも難儀しよう」
「ああ」
「どうするつもりなんだ。なにもしないなどというわけでもあるまい」
「当然だ」

 どうするつもりなんだ。と重ねて家康は問う。三成は世界の常を説くかのごとくに応えた。

「刑部と共に在って、私が難儀するなどあるものか」

 そういうものか。家康はその言葉を頬の内側で噛み殺した。肉付きの悪い三成の口唇は澱まない。蝶を愛でる三成は真っ直ぐなものだから、時折どうにもあの蝶を壊してみたくなる。あれは壊しやすそうだし、三成もまた壊れやすかろうなとうすぼんやり思った。しかし壊すのも勿体無い。不器用になにかを愛でようとする三成は哀れなほどに美しいのだ。三成はなにを以て愛と為すのだろう、幾度となく頭を巡る問いであったがそれを三成に尋ねるつもりは毛頭無い。ふむ、と家康はもっともらしく頷いてみせた。

「わしはお前の触れた全てのものが欲しいのだがなあ」

 全てだ。そう言い含めるのと、まこと刃によく似た目が家康を貫き殺さんとするのは正しく同時であった。ぎらぎらとする瞳は実に狂おしい。「貴様などが」ときつく噛み締められた歯のささいな隙間からあふれ落ちる。

「触れるな」

 憎悪に満ち満ちた双眸も、出来ればこの手にくれまいか







101012/101004
三成が親離れしない