青い髪をした少年はなんの躊躇も無くその膝を固い床に落とす。そうして伸ばされた腕は縋るに似ている。その手が恭しく覇王の足を取る。処女を寝台に招くよりずっと慎重で切なさすら滲む行為であった。遊城十代の快活なたちはその体躯の末端にまで及ぶらしい、深く弧を描く土踏まずを足の下に添えた指先でそっとなぞった。やわらかな仕種にも覇王はくすぐったそうな様子さえ見せない。少年は橙の双眸で覇王の金の瞳を見上げた。とろけそうな程に嬉々と細められた視線と決して逸らされることのない冷然たる貴金属の視線とが交錯するが、交わることはない。どれほどかして、少年はなだらかな丘陵を描く白い足の甲に橙の視線を落とす。恍惚と細められた目からとろけ落ちそうなほどに少年の瞳は甘い。薄い口唇が覇王の足に乗るか乗らないかで触れる。橙の瞳の底でぐるりと澱む情欲に反していやに神聖さを帯びた接触である。

「それは忠誠を誓う行為でなかったか」

 覇王が紡ぐ声もまた瞳の色そのままに硬質な貴金属のそれである。不快感というより単純な疑問の声であったがそれほど貪欲な知識欲を持ち合わせている訳でない覇王であったから、たとえば少年がその声を無視したところで覇王はさして気にも留めなかったろう。しかし少年は瞼を持ち上げた。上目に覇王を見た橙の瞳はひとつ瞬きしてから眦を緩めた。緩慢な仕種で落としていたこうべを持ち上げ、掌に収めた白い足をそっと空に垂らした。脚の高い寝台であったから、そこに腰掛ける覇王の未発達の肢体では爪先が硬い床を蹴るか蹴らないかといったほどである。

「そうだよ」

 赤い口唇で緩い弧を描く。それを見てようやく覇王はその表情をうっすらと歪めた。嘲笑である。

「俺の配下になるとでも?」
「なって欲しいかい?」
「有り得んな」

 覇王の嗜虐的な笑みを見上げて少年は胸中で息を零した。今日はやけに機嫌がいい。領域侵犯に加えて素膚に触れるのまでも許してくれるとは、金属の視線も心なしかあかるい。覇王の頬へと両手を伸ばす。それでも尚ぴくりとも揺らがない幼さ残る面を包み込んで、少年は声を上げて笑い出したいほどに愉快な気分になった。なんという気まぐれだろうか、所詮彼は王者なのだ。ぐっと上がる口角を覇王は見るともなしに視界に入れた。「それで」と促す覇王の目は飽くまで静かだ。ますますもって珍しい、僕の話を聞く気があるなんて。

「君への愛に忠誠を」

 態とらしい仰々しさで覇王の瞳を覗き込む。堅牢な向こうは伺えずに、潔癖な金色はそこに佇むばかりである。少年は喉の奥の方で奇妙な笑い声を漏らした。愉悦に歪む瞳に狂喜が染みる。

「僕は愛の奴隷ってやつだ」
「鬱陶しいな」
「君は本当に酷いよねえ」

 にやにやと歪む顔を覇王の鼻先に寄せることでふたつの双眸がごくごく間近で絡みあう。さすがにキスしたら怒るんだろうなあ、と脳の端で思う。だがしたい。キスで終われる筈もないがしかし触れたい。潔癖な貴金属の瞳に大層欲情する。ああ触りたい。ぐらりと身体の芯が沸いた。

「本当にお前は鬱陶しい」

 静かに落ちた言葉と硬質な刃が首元の膚にゆるく食い込む。背後を確認するまでもない、いつから控えていたかは知らないがマリシャスエッジのそれに相違ない。断言できてしまう程度には浅からぬ因縁がある。そう因縁だ。小さく、けれどあからさまに嘆息。覇王の気まぐれに振り回されるのが嫌なのではないが、やはり彼は酷い。すでにこちらへのなけなしの興味さえ失せたらしい覇王はあっさりと背を向けて闇で染めた鎧へ足を向けた。しかし、

「君には愛が足りない」

と言えば

「過剰分と不足分でちょうどいいだろう」

などと戯れにも言ってくれるくらいには機嫌はよろしいらしい。覇王の言葉をよくよくかみ砕いた少年は、珍しくも間の抜けた顔を引っ提げた。





100915
暇を持て余した覇王様のお遊び