無理に落とした瞼を通る血脈が視える。それがどうにもざわざわと五月蠅くて、勿論音などしないのだがざわざわと、そう、煩わしいのだ。寝よう寝ようと考えるほどに頭は醒めてゆく。風が吹くに任せて擦れ合う葉の音も夏にばかり鳴く虫の声もやけに響く。嗚呼今日も無理だなと思って目を開ける。室内は真っ暗であったが曲がりなりにも訓練を積んだ身である、それはさして障害にもならずまっすぐに私を見つめる長次の瞳を視た。

「駄目か」

 静かな声は私の耳にすとんと落ちた。「うん」と返すと長次は小さく息を漏らした。ああ落胆させてしまったかなと解るとひどく申し訳なくなった。けれど寝れぬのだから、どうしようもない。

「駄目そうだ」
「そうか」

 言うが早いか、長次はのそりと起き上がる。外から落ちる月明かりがぼんやりとその横顔に落ちる。同様にして起き上がろうかとも思ったが、さえざえとする頭に反してどろりとした倦怠感に満ち満ちた体を動かす気にはなれなくて結局寝具の内から見上げるばかりであった。長次は私の枕元に膝を揃えて腰を落とすとその手を私の瞼にそっと乗せた。使い込んだ手は乾いていてささくれ立ってすらいたし堅いが大きくてぬくい。倦怠感はますます以て体の内に身を落ちつけるのに眠れそうにはない。長次の掌に覆われるのに合わせて瞼を落としてみたがやはり変わりない。自身の瞼の裏側ばかりを視るのにも飽き飽きして目を開いた。長次の掌がつくる夜は優しい。それは誰に理解される必要もないことだった。「なあ」と言ってみても返事はなかったが頓着はしない。ただ遮られることがなかったのはよかった。長次は少しばかりでなく頑固だ。

「なんで長次はいつも私を待つんだ。長次だって眠いだろう」

 少しだけ間を置いて「お前よりは寝ている」とつぶやきに似た声が落ちる。

「話をすりかえるなよ長次」

 その声はやけにぱしんと好く響いてしまったが撤回するつもりもない。ふうとため息が落ちるのが聞こえて思わずむっとしてしまう。こうなれば迷惑もなにもない、あまり騒ぐと級友たちからの苦情がくるやもしれないがそれも関係あるまい。

「私がしたくてしているんだ」

 ぐっと口を開くと同時に長次はやはり呟くように言った。けれども、なんだ、意志のようなものが窺えてしまって私は思わず押し黙った。頑固者の長次の意志はとてもとても固いことをよくよく知ってしまっていた。長次は「眠れそうか」と尋ねた。長次の声は夜によく染みる。私はその融けるような響きが好きであった。これもまた誰に知られずともよいことである。いや多分、私はそれを誰かに知られたくないのだ。

「うん、駄目そうだ」








100730
入眠障害の小平太