けぶるような暑さを引き連れて真っ青の空を足早に流れる雲がある。やけにくっきりと陰を落としたそれは小さいが雨を運んでくれるのやもしれない。雨が降れば少しはこの暑気も和らぐだろう。野外活動の多い委員会でうだるような暑さにやられながらも一生懸命についてくる後輩たちを思えばそうであってくれるといい。ふ、と漏らした呼気にすら熱気を孕んでいる。「あー」となんとも気の抜けた音を落とす口腔には燦々と太陽が降り注ぐ。真っ白い光は目を眇めてもなおまぶしい。火よりも余程苛烈であったが級友手製の焙烙火矢ほど激しくもないと思った。ならばこれは私の害であるまいと思ったところで、ふっと視界が覆われる。真っ暗闇にはいたらず、細々とした隙間からまだなお白々とした陽が差し込んだ。掌だ。堅くて厚いそれは相応に熱かったけれど不快ではなかった。乾いていて少しささくれたそれがやんわりと目元に覆い被さっていたのだ。

「どうかしたか長次」

 気配からして背後の、私よりも幾許か高いところにあるであろう長次を見上げるように首を少し巡らせるがその掌は外されない。まあそうたいしたことであるまいと掌の下でひとつふたつ瞬いた。睫が擦れるのがくすぐったかったのか、指先がほんのり跳ねたのにどうしようもないいとおしさを覚えた。口角が上がるのを抑える必要がどこにあろうか。やはり長次はそこに触れることはなくただ「あまり視るものでない」とだけ呟きのような言葉が落ちた。首を傾げようとしたが長次の掌を振り払うようになってしまうのも嫌で結局掌の下から長次を見つめただけであった。(通じていない、なんてことはあるはずないだろう!)長次はやはり静かな瞳で私を見下ろしているのだろうと思う。見えないのが残念だ。

「目が陽にやられてしまう」

 少しばかり逡巡した。まばたくたびに瞼の裏で火花のような陽光の残滓がちかちかと瞬く。これはきっと奇麗なものだ。けれども値しないとも思う。

「大丈夫だ」

 長次の手首を握る。あっけないほどあっさりと退けることができて、途端にぶわりと押し寄せた光量に瞼の奥がぎゅうと締め付けられる。静かな瞳をぐっと覗きこめば長次はまっすぐに私を見つめ返したけれどもそれは私の外にある。長次はときたまそういう風な目をするが、私にはそれがどうにも不思議でたまらない。その目は、諦めたように見える。その目が私はどうにも好きになれずにいる。いつからかは解らないけれどそうだった。少し痛いくらいに額を押し当てるとごつりと鈍い音がした。驚いたように目を丸くする(多分、他のやつらにはわからない程度に)長次がおかしくて、どうしようもなく笑えた。押し当てたそこが熱を含む。どちらのものかもわからず、わかる必要もないことがなんとも言えずくすぐったかった。

「大丈夫だ!」
「………」

 薄く、長次の唇が動いた。にっと笑って長次の手を握りしめた。「そうだな、今日は暑いな!」乾いていた手がどちらともなくじわりと汗ばむ。これが夏というやつなのだろう。








100725
夜明けよりもやさしい/発光(PC)