三郎はたいそう億劫そうに瞼を落とした。細い息を吐き出す様は倦怠感ばかりが詰め込まれていて、それもまた億劫なことである。一方で夏は苦手だという同輩はだらしなく文机に懐いている。堅苦しいことを言うつもりはないがそうでなくても情けない。普段は完璧に取り繕うくせに後輩たちが留守となるとすぐこれか。午後から一年は校外実習なのだと言った二人を送り出してからずっとである。学級委員長委員会室には二人っきりだった。どうせ仕事なんてあってないようなものだから別に構わないのだけれど。なんとはなしに外に目を向けて見れば世界が白く見えるほどに陽射しがたいそう強い。例年より長かった梅雨を抜けた途端に夏は足早にやってきた。青いばかりの空に雲はひとつも見当たらない。

「そんな暑いんなら変装取ればいいだろ」
「いやだ」

 汗に濡れている首筋どころか黒い前掛けばかりで剥き出しになった背にまでも雷蔵の髪を実に忠実に模したヘアピースが絡みついてる。ふわふわとした毛質は見た目からして暑そうであった。むしろ見ているこっちが暑苦しい。本人に対してそうは思わないのは鉢屋の場合これがこいつの意志に因るからだろう。剥いでやろうかこの野郎。

「鉢屋って結構あほだよな」
「うっせ」

 立つのもめんどうくさくって半分這うように寄れば膝が床板と擦れて奇妙にざらざらべたべたとした。背後に寄っても鉢屋は相も変わらず頭を動かそうとはしない。暑気は男の警戒心すらほんの少しばかり、融かしたのだろうか。剥き出しの背のしなやかな筋肉が見て取れた。よくよく見ればちらほらと薄い瑕が残っていたがしかしそれでなにかが損なわれているわけでもない。べたりと掌を当ててみると沁みるような熱と溢れ出たような汗がその背を覆っているのがよく解る。無為に押し当てた掌から始まりその背は波紋のように粟立った。お。なんだ、なんだ。それでも沈黙を保とうとする男の後頭部は実に滑稽ではないか。

「……なあ」
「なんだよ」
「鉢屋って背中弱いの?」
「んなわけあるか馬鹿」
「ほう」

 絶対にこちらを向こうとしない鉢屋がなんだかやけに面白かった。ので、なんとなく(そうなんとなく)見れば解る程度に少しだけ浮き上がる背骨に歯を立ててみたら実に奇ッ怪な声が上がった。素っ頓狂とも言う。

「え、な、おま、なん」

 口を無意味に動かす合間からなんだかよく解らんことを言いながら鉢屋はようやくこちらに顔を向けたのだ。まんまるい眼から目玉が落ちてしまいそうでないか。

「かわいいなあ鉢屋」
「うわ」

 茹でだこを思い出す。「お前そういうやつだったか」とか「なんでそういうことをホイホイと」だとかをもごもご言う顔はとてもじゃないが雷蔵には見えない。

「変装名人が情けないなあ」
「なんなんだお前! さっきからまったく意味分からん!」

 鉢屋が無防備だから悪いんでないかな、とか口にしたら熱暴走寸前の鉢屋は死んでしまうのでないかと思ったので、止めておいた。多分すごく懸命な判断だったろうと思う。








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勘ちゃんアニメ登場おめでと!
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