その忍びは実に不自然であった。どこがなどとなまぬるい話でない。どこもかしこも、まるできれいに見えるものばかりを継ぎ接いだかのごとき不自然さであった。白日に身を曝す忍びは何の気なく背をしならせてやれやれといった風体でこちらを見た。へらりと崩れた頬には薄気味悪さばかり覚えた。凝った濁りを孕まない瞳は人形の瞳に好く似ている。

「あんたって俺と似てるよね」

 歪んだ眉間は恐らく私の知り及びやしない領域でのことであった。しかし忍びはますますもって可笑しそうに口角を、きれいに持ち上げた。人のような笑い方をする忍びであった。

「戯けたことを」
「あんた、おてんとさんを信仰してるんだって?」

 瞼の奥がちり、とはぜる。ごくごく些細なそれは火種になりもしないが、火種に成り得る熱は十二分に秘めていた。意識にさえも昇らないようなそれにさえも忍びは目敏く「ああいや、違うって」と手をひらりと振った。柔和な口角は不信感ばかりを乗せる。

「あんたは太陽に向かって飛ぼうとした男の話を知ってるかい?」

 立てた片膝に肘を乗せて頬杖をついてゆるりと笑った。玩具を前にした童にも似て、しかしそれより遥かに生彩を欠いた目には底の見えない浅はかさが窺えた。あざとさを隠そうともしない、なんと腹立たしい生き物であろうか。手元に輪刀を、否刃をもったなにかしらさえも持たぬ自分こそがそれ以上に腹立たしくてならない。応えぬ私になにかを求める風でもなくただその瞳をただ向けるばかりの男はたいそう軽快に笑う。

「その男は蝋で造った羽で飛んだのさ。飛んで飛んで、その内にじりじりとおてんとさんは身を焼く。熱さにやられちまったかね、男は羽が溶けていることにも気付かなかった」

 そこまで言って少しばかり目を眇めると、忍びは「その男、どうなったと思う?」と白々しく首など傾げて見せた。応えぬ手もあったろうが、しかしこの、正に対峙する忍びから目を逸らすのもひどく不快感を覚えるのだ。

「ただ落ちるのみであろう」

 自明だ、とは続けなかった。忍びはその答えに満足したかしなかったか、やはり笑って「だろうね」と頷くばかりであった。ざわり、と青青と葉を茂らせる木々が鳴く。潮の香が膚に馴染む。今更だろうと思われようがたしかにその瞬間ささくれたなにがしかが凪いだ。落ちた沈黙に虫の声が沁みてもなお、何故だが忍びはそのよく回る口で弧を描くばかりであった。

「なにが言いたい」
「怒んないでよ」

 忍びは降参だとでも言う風に諸手を晒す。「まいったなあ」などとつぶやいて眉尻を下げる仕草は実に人間臭くて気味が悪い。「えーっと…」などと視線を宙に彷徨わせる仕草すらも白々しい。忍びとは(これは目の前のものを指すわけでなく大意としての語である)このように気味悪いものであったろうか。認めたくはないが認めざるを得まい、目前の存在は忌避すべき脅威である。

「あんたは男を愚かと思うだろう?」
「当然であろう」
「うん、うん。そうだろうな」
「だから、」
「でも羨ましいだろう?」

 だから、なんだと言う筈であった舌根は無防備に揺れる。すぐさま閉じた唇さえも憐れむように見る忍びの、黒々と、作り物のような瞳が、嗚呼どうしようもなく!

「なあ、だからあんたと俺は似てるんだ」








100711