障子戸を挟んで背中合わせであった。銀時は薄暗い部屋でぼんやりとどこぞを眺めた。いや、まるで死んだ魚のような目になにが映っているかはさだかでなく、むしろなにも見ていないと言われた方が頷けようというほどであった。高杉は決して居心地がよいとは言えないだろう、古びた屋根瓦に腰を落ち着けていた。中天に差し掛かろうという見事な満月をひとつきりの目に映して、口角にはそこはかとない笑みが刻まれている。天下のテロリストが少し見上げれば見えてしまうような屋根の上でのんきに酒を嗜むのもいかがなものかと思って、銀時は幾度となく「中に入れ」「見つかったら俺が迷惑すんだよこのヤロー」といったたぐいのことを言って聞かせても聞き入れやしないのだった。高杉はわがままな男であった。だからといって銀時は一度として無理強いしたこともなく、結局今晩もそういうふうに、銀時と高杉はひとつ隔てて背中合わせであった。

「オイ銀時、たりねーぞ」
「ワガママ言うんじゃねーよ。勝手に押し掛けてきやがって。どこの暴君だテメー」
「とか言って毎回ちゃんと用意してるじゃねェか」

 くつくつと独特の笑いが空気を震わせて、銀時は閉口した。そんな銀時を慮りもせず、再び「酒ェ」と言う声は、とろりと間延びする。それなりに酒がまわっているらしい、強くもない癖にとこぼれる悪態は胸中に留まり、銀時はいかにもめんどうくさい体で実に重たそうな腰を上げた。
 簡素な台所の下に備え付けられた棚から未開封の酒瓶を取りだしながら溜息をひとつばかり落とす。俺はあいつを甘やかしすぎじゃあなかろうか。だからといって取りだした酒瓶を戻すのも、億劫だったからもうひとつ溜息。せめてもの腹いせとばかりにのろのろと、爪先を引きずるがごとくに古びた床を踏みしめて、そこからようやく先程の部屋に差し掛かったところでたいそうあっさりと空気が割られる。ぱりん、と砕ける音はあまりにかろやかであった。鉛の足かせを引きずるような歩みはどこへやら、だん、と近所迷惑も鑑みず、その足は畳を蹴った。取り落とした酒瓶はごとりと重たく転がる。縋りつくように窓枠から身を乗り出した銀時は、その外で悠然と脚を伸ばす男の、真っ白い包帯で覆われた側の横顔を凝視した。なにごともなさげに濡れた指先を舐める高杉が、うっそりと細められた目をこちらに向けた。茫然と目を見張るばかりの銀時を小さく笑って、高杉はまだ透明なしずくの滴る指をゆるりと振ってみせた。

「悪ィな、割っちまった」
「あ、うん」

 いいよ、とそれだけのことを言うのに、ひどく舌が縺れた。いや、よくねーよと頭を振る自身は心の内だけに留められた。ついと視線を滑らせると、古びた瓦の上で艶めいた白い断面を曝すかけらが無造作に散らばっていた。なにごとかが砕けたのだと思った。なにごとかが、ぱりん、と音を立てていともたやすく。銀時はぐだりと窓枠にもたれかかる。「ああもう…」ずるずると絞りだすような呻き声に、高杉は独特の笑い声を漏らして薄っぺらい肩を揺らした。少し手を伸ばせば、高杉に届いた。指先に黒髪を絡めながら、そういえば今日触ってなかったなぁ、なんて思った。

「あのさ」
「ン」

 やけに大人しくする高杉はまどろむような様子で少しばかり口角を上げた。壁が、とても邪魔だと今になって気付いた。

「うち、こいよ」

 高杉は少しだけ目を見張ってから、ゆるりと笑った。

「酒はあるんだろーなァ」
「このワガママぼっちゃんめ。用意してるに決まってんだろ」

 銀時のてのひらに懐くように首を傾けて目を細めた高杉は実に性悪そうだった。「よくできました」形のよい頭をひっぱたくとぺちんとまぬけくさい音を上げて、高杉はけらりと笑った。







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