ひとつふたつ、夜に足を踏み入れれば虫が鳴く季節になった。夏が終わる。じりじりと脳みそを焼く喧騒が去ろうとしていた。それでも未だ暑気は抜けない。現実、銀時の首に添えたてのひらにはじとりと汗が滲んだ。ちがう、暑いのは、熱いのは銀時の首筋そのものだった。

「なにしてんの?」
「なんだろう、な」

 床を背にした銀時の腹に腰を据えて、ゆるりと首を傾げれば、呆れたと言わんばかりに眉間に薄い皺が寄ってまなじりが下がった。それでも銀時は俺を振り払おうともせずに享受するのだ。うぬぼれるぞ。自嘲混じりの言葉は肺の内側をぐるりと泳ぐばかりであった。ほんの少し瞼を落とす。指先の下で皮膚が騒ぐ。髪と同様に色の薄い皮膚の下でただ規則的に送られる血流が高杉の芯のところを溶かす心地さえした。あつい。薄く開いた唇の向こうで舌を震わせた。

「殺しちまおうか」
「俺を?」
「あァ」

 悪くないだろう、となにげなしに笑ってみれば、銀時はたしかに、と破顔した。叫び出したい衝動に駆られた。高杉はそんなこと、できやしないのぐらいよくよくわかっていた。わかっていてなお体の奥の方でざわめくのは、獣ではなくいつかに置き去ったはずの嵐だった。どうにも行き場を失って、結局拒絶されることなどないままだった指先をほどくと、今度は銀時がそれを握った。かたいてのひらはやはり熱くてこのまま溶けてしまえればよいと思ったのに、銀時は真綿でくるむようなやさしさで触れてくるから、ふ、と唇からは笑いがこぼれた。似合わない。無邪気に寄り添いあえた季節は疾うに過ぎた。だというのにてのひらには互いを斬るための刀など無くて、ただ滑稽なばかりのゆるさで、どちらともなく指先を絡めた。あつい、あつい。融けるのはいつだって頭ン中だけで、邪魔なばかりの皮膚はひどく熱を孕む。短く息を漏らして腹筋だけで起き上がった銀時の肩口に額を乗せると、背に回された腕がぎゅうぎゅうと締め付けた。苦しい、暑い。大の男がふたりでなにをやっているのやら。ふっと頭の隅で湧いたのは自嘲であったが、だからと言って振り払う気にもなれなかった。

「お前になら殺されてやってもいいよ」
「うそつけ。てめえは俺のためになんにも捨てねェだろ」
「……そうだな。じゃあ、一緒に死んでやろうか」
「いらねーよ、ばァか」
「そっか」

 そっと肩口に乗せられたのは銀時の頭だろう、首筋をくすぐるふわふわとした猫っ毛の感触がやけになつかしく思えて、警鐘が響く。いや、ずっと前から響いていた。それでも無視したのはたしかに自分だったのに、いつだって体の内側に満ち満ちた息苦しさに叫び出したくてしようがないのだ。止め処ないそれの行方もわからずにただ銀時のてのひらを握り締めた。

「高杉」
「なんだよ」
「高杉」
「……」
「一緒に死ねたらいいな」
「その目障りな天パをどうにかしてきたら、考えてやるよ」
「ひでぇ」

 ゆるい笑いに任せて肺を空っぽにすると妙な倦怠感が圧し掛かった。薄暗い部屋で瞼を落とせばもう真っ暗闇ばかりで、それでも重ねあったてのひらから伝わる脈がどうあっても意識を溶かすに至らせない。自身のそれと混じり合って実に騒々しい。この男はいつだって自身に嵐を齎す。いや、この男が嵐そのものであった。夏の嵐は、熱を孕む。あまりにあつい皮膚をふたつ隔てて、脈が鳴る。しかしそれが重なることは終ぞ無かった。思えば、はじまりからずっとそうだった。そういうものだった。









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