小南は男を心底憐れんでいる。心底というのは心の奥という意味ではない。底辺だ。底の底、底辺の部分で男を憐れんでいるのだ。小南は、彼女が唯一信奉する神の白くなめらかな首筋に残る赤い線を見つめた。ソファに座るペインの、僅かに傾いだうなじから覗く、そう広くもないそこに幾筋も残されたそれらは細い紐が喰い込んだらしい張り詰めた傷や薄く肉を抉り取る爪跡までを黒い瞳が辿る。それは赤く伸びる雲の描かれた外套の下にまで続いているだろうことは容易く窺えた。そこに立ち合わせたわけでない小南は推測を立てるしかできないものの、小南にとって行為の過程は問題ではない。小南は赤い傷跡に触れた。すぐさま振り向くかと思ったが、ペインはほんの少しためらうような気色を見せた切りであった。許容だろうか。小南は僅かばかりの喜色に包まれた。何気なく滑らせた指先で緻密な傷を辿る。触れればわかる程度の盛り上がりをみせる傷にゆるりと目を細めた。爪先が傷を擦らないよう細心の注意を払う。女性的に尖らせたエナメル質が神の膚を傷つけることがあってはならないなどということは、言うまでもなく自明の理である。それでも、幾許か過敏になっているらしい傷跡を一つひとつ辿るほどにじわじわと震える膚に小南は自身の脳髄が溶かされる心地を覚える。神は美しかった。順繰りに触れて、そうして紐で締め付けたらしい痣に触れる。ぐるりと首を巡るそれを伝えば当然、ペインの喉元に向かう。引き攣るように腫れたそれを少し逸れて、しなやかに尖る喉仏を撫でるとゆるく震えた。

「小南」
「なにかしら」
「どうかしたか」

 小南は少し瞼を落とした。紙に等しいほど白く滑らかな小南の頬に、慰み程度の照明を受けた人工的に延ばされた睫毛が陰を落とす。薄くかすれたそれは女の目元を蠱惑的に魅せたが、それを見る者もない。なにより小南が愛しているのは間違いなく目の前の神であったが、それは歪みなく愛なのであり、男が神にぶつけるそれは月に吠えることすらできない負け犬の自己愛だった。小南はそのことに誇りをもっている。たかだかひとりの男と比較しての話ではない、あらゆるものと比較するまでもなく純然たる愛こそを、小南は誇っていたしそれは絶対だ。小南は目前に晒された白い首筋を眺めた。この程度の傷は神の美しさを損ないなどしない。映えさせることもない。あってもなくても同じだ。彼は美しいのだ。「いいえ」と震えた小南の唇はグロスで艶めいていた。

「なんでもないわ」

 小南は僅かとも震えない面の下で男を憐れんだ。彼はなにひとつとして損なっていない。唯一無二のしたいは完璧であった。









100421