! 幼少捏造




 弁丸は花畑を歩いていた。真っ白い花で埋まったそこはそら恐ろしく思えるほどに満ち足りていた。無意識に握り込めたてのひらがやけにあたたかくて、びっくりして見上げれば佐助がいた。佐助が弁丸の手を握っていたのだ。弁丸のそれに比べてずっとずっと大きい佐助のてのひらに、何故だかとてもびっくりしたのだ。「さすけ」と年頃よりも舌足らずに動いたそれに少しの羞恥を覚えたが、しかし足を止めた佐助を見上げたその瞬間にはそんなことも忘れたのだ。
 佐助は弁丸を引くのと逆の腕で持て余しそうなほど大きな笊を器用に抱えている。笊の上にこんもりと盛られた草は、どうやらすべてこの花畑に咲き誇る花であるようだった。「どうかした?」やけにやさしい口調に何故だか空恐ろしくなった。悪いことをしたとかいうわけではない。たしかに怒った佐助はとてつもなく恐ろしいが、しかしそういうことではないのだ。なぜだかわからないが、それでもやはり拭いきれない焦燥感――そうこれは恐怖ではなく焦燥であったのだと気付いたのは、弁丸が幸村を名乗り人生二度目の戦に出た時であった――は弁丸に付きまとう。やり場を失くしたそれにどうしようもない戸惑いを覚えて、大きなてのひらを握りしめた。幼い柔らかさのないそれは固く張っていて、だというのに薄いものだからその相違感は佐助の、なにがしかを歪めているように思えたのだ。

「旦那は甘えただなあ。もうすぐ大人になって、お館様のお役に立たなきゃならないの、わかってるの?」
「わかっている」
「そう」

 目を細めた佐助の笑顔はあまりに歪みなくて、だからといって整然としているわけでなくあくまで日常に即したそれであった。恐怖に震えるおれに気付いたのだろうか、佐助はふっと目を逸らして「そろそろ帰ろうか。もうすぐ陽が落ちる」ついっとむこうに向いた顔は弁丸からは窺い知れなくなる。怒ったのだろうか。そう考えると弁丸は先程より恐ろしくてたまらなかった。それは先程とは違う恐れである。危惧であった。こうして幼さばかりを発露するおのれに、いつか愛想を尽かしてしまうのではないか、と、弁丸はいつだっておそれているのだ。ぽつり、と僅かに空気が震えた気がした。耳朶がなにごとかを捉えた気がした。

「佐助?」

 佐助は呼びかけに応えるように、ゆるりと首を巡らせて弁丸を見下ろした。明確な恐怖に、弁丸の一切が凍る。これもまたのちに気付いたことではあるが、弁丸はこの時初めて、生命の恐怖を感じた、のである。

「だんなはいずれおれをもころすのかな」

 今度は一字一句漏らさず弁丸に届いた。逆光に佇む佐助が、本当に口にしたのかなど、弁丸には知れなかった。黒々とした影はただひとりの男のために落ちた。








100408