寒いさむいさむい。ちょっとだけ湿った髪が首に触れて、ぞわりとした。本気でさむい。あーうあー。お世辞にも人間的じゃない呻き声を上げてデンジはふこふこの布団を目一杯抱え込んで背筋を丸めた。布団はぬくいのに俺は今にも凍えそう。なんだこれ。それこそ決死の思いで布団の外へと手を伸ばす。いつものように枕元に放り出されていた携帯を引っつかむと、無機質の冷たさがじわりと手から熱を奪った。ばかやばいしぬ。でも手は離さなかった。覚束ない手つきでこの間のメールから返信を選択。Re;が白い画面に染みのように映えた。ほんの僅かでも揺れた空気にとうとう耳から首筋にかけてぶわりと鳥肌が立って、布団の中に顔突っ込んだ。暗い中に煌々と浮かぶまっさらな画面を少し眺める。結局いつも以上に簡素な文面になったがあいつはいつも通り来るだろう。っていう確信。



 ぞわぞわと背筋を這い上がるような寒気を感じて、無意識に掌を首筋に押し付けた。ストレートな寒気が背骨を駆け抜けた。しかし剥き出しの掌は僅かな安息を得たのだった。ちょっと大袈裟だが。屋内ですら底冷えする夜。あいつは大丈夫だろうか。親友兼恋人は極端なまでに寒がりだった。補足するなら更にあいつは極端に暑がりでもありどちらにせよ被害は俺にくるのだから、困ったもんだ。なんて嘆息してみる。デンジに甘えられるのは嫌いじゃない。夏はともかくだが冬はやたらにくっついてくるデンジがかわいくてかわいくてしかたない。そのくせ脱ぐと寒いからとセックスを拒否るあいつ。俺は残念ながら聖人君子じゃあなかった。があいつは当然のように傍若無人なお姫様だったのだ。そんなわけで俺はなるべくあいつの機嫌を損ねてはならないし、俺は誰よりはやくあいつの希望を汲まねばならなかった。なんて滔々と考えて、やれやれといった風体を装って、上着と真っ赤なマフラーとモンスターボールを引っつかむ。その中から更に一個のボールを選ぶと待ってましたとばかりに擦り寄るフワライドに苦笑してしまう。きっと言わなくてもナギサシティへ向かってくれるだろう。

「困ったジムリーダーだよなあ」

 同意のような一鳴きに被さるようにしてポケットの携帯がメール受信を告げた。



 そろそろ死ぬと思う。血の巡りが悪くなったか本能的な現実逃避か、頭が朦朧としてきた。クソアフロクソアフロクソアフロ。死んだらあいつのせいになるだろうか。アフロ殺人事件。まるでオーバが死んだみたいだ。殺害方法はどうしようか。鈍器で頭を一発、ってのはどうだろう。テレビでよくあるやつ。駄目かな、駄目だろうな、あいつのアフロはふこふこしてるから。ナイフで刺してみようか首でも締めてみようか水に沈めてみようか。水か、いいかもしれない。こうかはばつぐんだ!がらり。枕元の窓が開いたらしく布団から、隙間風、が。

「鍵はちゃんと閉じとけっつってるだろーが」

 布団から最低限だけ顔を出して目をすがめた。アフロが目に痛い。

「……なんだ生きてたのか」
「勝手に殺すな!」

 やれやれみたいな顔して窓を乗り越えて部屋に入ってきた。なんでだ。疑問をそのまま口にしてみるとさも当然のように「布団から出たら冷えるだろ」と言った。ああなるほどなそりゃそうだ。だけどやっぱりこいつは変だ。外の冷気を伴うオーバにひどい違和感を覚えて、なにげなく手を伸ばすとオーバも当たり前のようにその手を取った。やはりらしくもなく冷え切っていた。僅かばかりの熱すら取られていく感覚に眉をしかめるも、離そうという気にもならなかった。ふいにオーバの顔が薄気味悪くにやけて、ちょっと引いた。

「きもいなオーバ」
「うっせえ」

 なんてなんだかんだ苦笑混じりに笑われた。さりげなく手を解かれて、その手はゆっくりと俺の髪に絡んだ。たまに耳とかに触れる指先はもうぬくまっていた。なんとなく単純にうらやましかったが、いわゆるないものねだり。ゆるりと目を細めると、オーバは小さく笑って猫みてえ、と言った。

「なんなら鳴いてやろうか」

 髪を梳いていた手が一瞬止まってから、後頭部に手が回されてぐんとオーバの顔が近付いた。一瞬触れたオーバ鼻先はまだちょっと冷たかった。しばらく黙ったまま険しくしかめられた眉間を眺めてるとなんか溜息つかれた。失礼なやつめ。

「襲うぞばーか」
「寒いのは嫌だ」

 即答で、またオーバはしかたねえなあみたいな顔した。そのまま離れようとするオーバのアフロを逆につかんでそれを阻むと、ばか引っ張んなと怒られた、が無視。

「あっためてくれんならいーぜ」

 鼻先に噛み付いてやった。すぐ間近のオーバはすげえ間抜け面だった。







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