胡坐を掻いた元親の膝に頭を埋めた慶次は、しかしそれが落ち着かないらしく先程から幾度となく身じろいだりなんだりと忙しない。その様子を見下ろす元親は眦を穏やかに緩めて、思いの外細く柔らかな髪を掌で遊ばせる。解いた黒鳶色の髪は飾り気こそないが存外きちんと手入れされているらしく豊かに伸びたそれだけを見れば女に見えなくもない。とは言え、元親とて勿論そこいらの男衆より鍛え抜いた体躯を有するが更に上背で勝る慶次は、それだけに背もまた広い。仮令背に散る黒髪が如何にうつくしかろうともそればかりで誤魔化しきれようはずもない。しかし元親は別段慶次をおんなとして愛そうというつもりでないから、おとこの体を膝に抱えた元親は傍目にも大層上機嫌な様子である。たわむれに「かわいい、かわいい」などと呟いては、何事も言わず、或いは言えずにただ一層深く額をうずめる慶次に微温湯い慈愛を育む。それが大層心地好いものだから元親はそのようなことばかりを繰り返して、結局慶次は一度も顔を上げていない。

「楽しいの?」
「おう」
「へえ」
「厭か」
「元親が楽しいんならいいよ」

 少々の間を置いて、慶次は小さく笑った。袴越しに温い吐息が腿に触れるのが妙に淫靡に思えた。慶次は決して顔を上げぬままに「いいんだよ」と言った。その声は柔らかく弾む。心地好さが内腑に絡み付くのを自覚しながら、元親はどうしてもくぐもる慶次の声に耳を傾ける。そうして慶次は「元親は知らないだろうけど」と前置いた。先の応えに少々の不服を覗かせた元親の顔を見たわけでもあるまいに、慰めるような甘さを孕んだ声だ。

「元親の手はあったかくて気持ちいいんだ」

 へへ、と小さく笑って身じろいだ慶次の、僅かに覗いた横顔の甘さは其れ以上である。心臓がぎゅっとなる。血潮よりすばやく身を巡る正体は愛情以外のなんだと云うのか!





110207/日記より