夢を見た
 そう言って、空が白々とするよりもずっと早くに隣室の大谷を訪ねた三成を、大谷は少々掠れた声で「さようか」と迎えた。まるきり寝ていないようなひどい顔を引っ提げた三成は幽鬼のような足取りで薄く開けたドアの隙間から身を滑らせる。大谷の寝台の下に膝を付くと、身を起こした大谷の膝に額を埋めた。厚くも柔らかな布団の下の、柔らかくもない骨張った肢体に縋るように大谷の腰に腕を回す。寝起きたそのままゆえであろう、好き勝手に遊ぶ三成の髪を宥めすかすように指先を通した。すっかり黙りこくった三成に、対する大谷もそれに何ぞを言うわけではないから、必然、二人の間には沈黙が横たわる。夜も更ければ外から聞こえる音もない。たった一台だけ通った車のライトがカーテンの隙間を滑っていったが音は遠い。
 照明も点けない真っ暗な部屋なれども、暗がりに慣れた眼は三成の銀色をした髪色を鮮やかに捉える。或いは月の色を落とした三成の髪のこと、まこと光っているのかもしれなかった。
 大谷がほうと眼を細めたところで、三成は相も変わらず布団に鼻を埋めたままぼそぼそと囁いた。あんまりに聞き取りづらいそれに大谷は黙って耳を澄ました。

「夢を見たのだ」

 誰もいない。誰もいないところに一人で立っていた。妙に体が重たく立つのも億劫であった。そのくせ心は妙に軽く、嫌になるほど空虚だった。私は誰かを呼んだ。誰を呼んだか忘れてしまったがしかしそれが自然だと思ったから、何度も呼んだ。しかし誰も応えはしなかった。だがそれも自然だったのだ。
 珍しくも妙に回りくどく三成は語った。本人にもよくよく解っていないで、大谷に語ることでその夢を自身の内に収めようとしているような風に見えた。ああ、と溜息のように三成が呻いた。

「夢の中で、私は全て失ったのだ」

 しん、と横たわる静寂。大谷は三成の髪を梳く手を止めなかった。

「夢であろ」

 ただ一言がぬるま湯く三成を包んだ。大谷は背を丸めて三成の背に被さるように腕を添える。ふうっと大谷に巡らされた腕から力が抜ける。大谷同様、ほとんど添えられるばかり腕だがしかしシーツに落ちることはない。三成は決して腕を解かない。

「夢よユメ、悪い夢よ。忘れるが一番。ぬしが気に病むことなどひとつもない」

 大谷はそうっと瞼を落とした。二十を越えるか、越えないか。四百年の昔に唯一無二であった友が死んだのもそういえばこの頃だった。






101210/日記より