青ざめた頬を伝う涙は墨のように黒い。うっすらと残る筋は間もなく雨に流されただ尖った顎から真っ黒いしずくが滴るだけだった。ぼろりと落ちるあれは三成の淀だ。

「あ、ああ、ア」

 大谷は慟哭する横顔をじっと眺める。あれは、あの男の不幸だ。大谷は異彩の目を細めた。突然に降り出した雨を凌ぐことも忘れた男は言葉をすっかり忘れたかのように獣の如く泣く。ばらりばらりと傘を打ち鳴らす音より余程、大谷の耳朶に絡み付いた。これは、あの男の不幸だ。

「三成」

 遠雷が澱んだ空を白々と走る、音は尚遠い。かっと照らされた頬は陽に当たったそれよりも一層青白く、なめらかに見えた。ゆらりと振り向いた三成の眦からぼろりとまたひとつ落ちる。「ぎょう、ぶ」掠れた声、獣が人語を成そうとしているかのようなぎこちない響きは三成らしからぬ。三成は人より長い腕を伸ばした。それが大谷の腰に絡むその様は縋るに似ていて、大谷はひそかに眉をしかめた。(これはこのような男ではない)大谷は傘を差していたけれど三成はそうではない。自然、傘の下の二人は同様にずぶ濡れた。呻き声のような嗚咽にあわせてぼろりぼろりと落ちる涙が大谷の衣に吸い込まれてゆくが、染みにもならずすうと消える。それを見届けながら大谷は三成の頭をゆるりと抱えた。淀を孕んだ男の愛いこと、思えば指先が痺れた。不幸を見届ける悦びともちがう。ただ愛い、愛いとだけしか思わない。清廉でなどないがしかし確かに情であった。(われもまた、われらしからぬ)雨水を多分に吸って重たくなった髪を慰めるように撫でれば撫でるほどに指先まで神経質に巻いた包帯が嫌な風に張り付く。しかし止めようなどとさえ思わない自身のこころ内が奇矯に思えてならず、腹の底がむず痒くなるほど可笑しかった。

「ぎょ、ぶ」
「あい」
「刑部、刑部」
「あい、あい」

 嗚咽の狭間に呼ぶ声に一々馬鹿のように応える。その都度に大谷に絡み付く腕はこの身を締め上げる。あとの応酬は解りきっていた。裏切るなと言われれば裏切らぬと言う。去るなと言われれば去らぬと言う。三成の腕は大谷を潰してやろうと動いているようにしか思えない。このままでは肺やら腹やらが潰れて終う。しかし虫の様に潰れ死ぬのはきっと己らしい。
 さてこの男は余程己が信用ならぬらしく、死ぬなと言われたから死なぬと応えたらば背骨が軋み吐き気さえ覚えた。うまく息さえ吸えず、力の入らぬ指先から傘が落ちた。薄く開いた口唇から喉へと冷やかな雨垂れが伝う。死んで終うと思って、口端を薄く吊り上げた。なるほどなるほど、これでは信用される筈もない。
 それでも尚三成は逝くなと言う。応えようと喉からひり出されたのは声というにもおこがましく、大谷は茫洋と三成を見下ろした。真っ白い眦からぼろり、と墨の色をした淀が落ちる。それが顎より滴るよりはやくもひとつぼろりと落ちたそれは真っさらに透明。ああ、と思う。三成の腕は大谷の輿に投げ出されて、大谷はそうした三成の頭をめいっぱいに抱えた。まるで普通のように涙する三成は愛でられよう筈がない。三成の形のよい頭に頬を寄せる。

「徳川はまこと、ムゴイ男よな」

 三成の耳にそうっと押しやれば、途端憎い憎いと泣き出す男にうっそりと目を細めた。泣け、泣けと祈る。この泣き声はざわりと腹の底を撫でるように響く。熱を帯びたその眦に再び浮かぶ淀を見よ










101203
大谷「三成の泣き顔萌え萌えきゅーん」