三成は静かに息を吸った。他者の出入りが極端に少ない吉継の部屋は吉継のにおいで満ち満ちている。そこに不純物はない。鼻を刺す薬の臭いに絡み付く甘たるい香、どちらもさして珍しいものでないとは言うがそういった類いに興のない三成には言われたところで解りはしない。しかしたとえば三成が、三成のみならず何処の誰がそのようにしたところで決してこのようなにおいがしはしないだろうと思う。これは吉継のにおいだ。甘くどろりとした、停滞のにおいだ。停滞しきれずにゆるりゆるりと歩む行き先が死であると知れば、三成はどうしようもない息苦しさを覚える。けれどもここから連れ出してしまえば停滞は加速へと移り吉継はぽくりと逝ってしまいそうだ。あああ。三成は吉継の背に抱き着き、その肩口でゆるりと呼吸した。はらり、はらり。規則的に捲くられる本の頁を吉継の肩越しに眺めてみるが、さして興味をそそられるものでもなく吉継の薄い体に回した腕を組み直した。

「随分と落ち着かぬようだな」

 掠れたとも引き攣ったとも言い難い友の声は大気によくよく溶けて、ともすればじっと聴き入ってしまいそうだ。茫洋と「ああ」と漏らすだけの三成にことさら言を重ねることもなくそっと頁を捲くった。静寂がただいとしいと三成は浅葱の目を細めた。
 吉継はともかく三成を元来からして口数の多い方でない。情がこわいゆえの激しさこそあるがそうでもなくば静かな男である。二人の過ごし様は友情と言うにはいささか過ぎたるものがあったけれども、惰性の如く横たわる充足感はまことであると三成は確信していた。吉継の肩にじっと額を押し当てるばかりであった三成は、ぱたりと本が閉じられたのを知るといそいそと瞼を上げる。刑部。声になったかならないかの呟きを拾い上げていらえる吉継が次いで本を開くのを見た。三成がぐにゃりとその柳眉を歪めたのが見えたわけではないであろう。しかし肩越しに三成が吉継の横顔を見遣れば、吉継はその三成を横目に見返してにや、といやらしく目を細めた。

「刑部、」
「なに、なに。ほんのしばしよ。待てのひとつふたつは出来よう?」
「私は犬などではない」
「然らば尚のこと易かろ」

 すっかり閉口した三成に吉継は小さく喉を引き攣らせて笑う。ゆるく震える薄い腹をぐっと抱き寄せればますますもっておかしげに「苦しい、クルシイ」などと言うものだからどうにも苦々しい思いで三成はその肩に顎を乗せた。








101112/日記より