なまえは弓は引けないけれど、見ることは好きだった。七緒と海斗が弓を引くところを、なまえはしっかりと記憶していた。その、二人のいつもとは違う雰囲気、張り詰めた空気、空気を切る弦音。なまえは、それらがとても好きだった。
だから。
なまえは、そんな二人の足枷にはなりたくなかった。
「如月なまえ、10月18日生まれ!」
突然、なまえがそう大声で宣言した。周りにいた部員たちが、なまえを見る。
「え、……?」
あっけにとられている彼らを尻目に、七緒もそれに続く。
「如月七緒、10月18日生まれ!ちなみに俺がお兄ちゃん!」
「妹です。僕らは双子です」
「「よろしくー」」
慣れているのか、海斗はじっと二人を見ている。女子グループのざわつきが一層大きくなっている。妹がいたの?双子?似てないよ?
「……似てないね」
「良く言われますが、男女の双子はだいたい似ませんよ?」
静弥の言葉に、なまえが静かに返答する。
その言葉に、周りがしんとなる。
「……如月、さんは、弓道は?」
「事故の後遺症で、右腕は運動とかには使えないんです。ごめんなさい」
「そう、なんだ……」
事故、という言葉に静弥の顔が少しだけ歪んだように見えた。何か、彼にも嫌なことがあったのかも、しれない。
「すみません、お騒がせしました」
「いいや、まあ、なんだ、また遊びに来てくれていいからのう」
「ありがとうございます。森岡先生」
帰り道。海斗と七緒となまえ。電車にことことと揺られている。夕日が下げたブラインドに集まり、やんわりとなまえの頬をオレンジ色に染めていた。
「ごめんね、七緒」
「……なまえは悪くないっしょ。女子が勝手に誤解したんだし」
「お前のせいじゃねえかよ、七緒」
「……僕はやっぱり、弓道部はダメかもね」
「そんなことない!また見に来てよ」
「……うん」
久しぶりに三人一緒。七緒と海斗を弓道部へ見送り、ひとりで帰っていた電車が、今日はこんなにも楽しい。
「じゃあ、……また、行くね」
その日は見学がひとり、増えていた。
いつだったか、なまえと盛大にぶつかった、名前は確か。
「みなと、くん」
「えっ、」
声に出ていた。ごめん。
「山之内くん、クラスメイトだから、よく君と竹早くんの話をしてる。……僕は如月なまえ。あそこにいる、如月七緒の双子の妹です」
「あ、……鳴宮、湊、です」
なるみやみなと。なまえは頭の中で名前を反芻する。いい名前だなあ。
「それじゃあ、鳴宮湊くん」
実際に弓を引くことになった、と言いながら、森岡先生は静弥や海斗ではなく、何故か見学だけ、と言っていた湊を指名した。指名された彼も、勿論困惑している。静弥たちが何か画策したのだろうか。弓をやっているとは聞いていたけど、それにしても湊のあの拒否の態度も気になる。
(怪我でもしたのか。それとも)
湊が弓を拒絶した理由は直ぐにわかった。構えて、定めて、射る。その動作が、湊にはできていなかった。
「早気」
自分の気持ちとは裏腹に、狙いも定まらないまま放たれた矢は、的に届くことなく地面に刺さっている。だから湊は弓を拒絶していたのか。
「……辛いだろうね、鳴宮くん」
「うん?」
二段ベッドの上で、七緒はスマホゲームに忙しくしていて、なまえは宿題に忙しくしていた。宿題やったの?となまえが聞けば、クラスの子に見せてもらうから大丈夫!なんて見当外れの答えが戻ってきた。
「きっと鳴宮くんは、弓が……弓道が好きなんだと思う。だからこそ早気の自分が嫌いで、弓を引くことが怖いんじゃないかな。好きなことなのにうまくいかないもどかしさ、って、よくわかるから」
「ふうん……」
「僕も、できることなら七緒と一緒に弓道部に入りたかったけど……僕には、弓は引けないから」
右腕にそっと触れる。好きなことなのにうまくいかない気持ち。湊とは少し違うかもしれないけれど、なまえにはその葛藤がなんとなく自分に似ているような気がした。
「いいんじゃないの?引けなくてもなまえはなまえ、俺の双子の妹でしょ?」
「それはそうだけど、」
「てかさ!弓道部入りたいって、思ってくれてたんだ!?」
ゲームは終わったのか、ベッドの上段から七緒がなまえを覗き込んでいた。
「入りたいけど、僕には何もできないよ?」
「出来ないことはないっしょ!明日、一緒に弓道部行こ!入部届、弓道部で!」
「え、ええ……!?」
何を考えているのやら。七緒はとても楽しそうだった。
しわくちゃな夢