薔 薇 色 の 地 獄 。 | ナノ
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目下の泥濘【9】




「王様が…わたしの呼び掛け無く出てくることなんて、今まで無かったんだ。わたし以外の人間に触れることもしていなかった…」


ココアの甘い湯気の向こう。なまえは、ぽつりと話し始めた。

「なまえさんを守ろうとして、咄嗟に出てきたのでしょう?なまえさんもそう思っていると、織田作さんも言っていましたよ」
「そうだと思う…それしかないと思う。わたしが言うと、王様は子供を離してくれた。あれから、勝手に出てくることは無い…けれど、」
「今後、なまえに何か危機が起こったとしたら、王様は黙ってはいないかもしれないだろうね」



「………、怖いんだ」

「「怖い?」」

太宰と坂口の声が重なった。

マグカップを持つ、なまえの手は震えていた。

「もしも、王様が…わたしの事を守るために、誰かを攻撃して、傷つけて、あまつさえ、殺してしまったり、したら…。わたしのせいで、誰かが死ぬことも怖いし、王様に、わたしはそんなことをさせたくない…」
「…、」

坂口が立ち上がり、なまえに近づく。跪くと、そっと、坂口の手が、震えるなまえの手に触れた。落とさないよう、マグカップは机に置かれた。

「…大丈夫ですよ、なまえさん。なまえさんが誰よりも『夜の王』の事を想っていて、そして、王様もなまえさんの事を想っている。…お互いに想い合っているなら、大丈夫です」

「安吾さん……。だから、怖いんだ。わたしのためだと、王様が…誰かを殺したりしたら…。人が死ぬところは、今までだって見てきた。血も、怖くはないと思っていたのに。……わたしは我儘だ。王様にはそんなことはさせたくない、なんて」
「……いいんだよ。なまえはそれで」

いつの間にか背後にいた。太宰の両手が、ソファ越しになまえの肩に置かれた。

「太宰、さん…。けれど、首領の命令もある。いずれ、わたしが、…王様に…」
「そんな危険な場所に、可愛いなまえは行かせないよ。森さんが許可しても、私は絶対に許可しない」
「…太宰さん、でも、わたしの、仕事は…」
「そう、…なまえは、誰かを守ることが仕事。王様の異能で、誰かを守る。でもね、なまえ。誰かを守るよりも、君は自分自身を守ることが第一なのだよ。王様も、きっとそれを望んでいる」
「……、でも、…わたしは…それで、も……」

なまえの言葉の歯切れが悪くなってきた。ふらふらと頭が揺れ、瞼が徐々に閉じられる。

「それじゃあなまえ、私と安吾からのお願いだ。しばらく休んで、ゆっくり眠ってほしい」
「だ、ざいさ、…?安吾、さ…ん、なに、を、……」
「……すみません。おやすみなさい、なまえさん」


坂口の言葉を最後まで聞くことはなく、なまえの身体は大きく揺れ、ソファに倒れ込んだ。

「…眠ったね」

太宰の一言に、坂口は大きくため息をついた。

「全く…」
「有り難う、安吾」
「『なまえさんに気づかれないように睡眠薬を飲み物に入れてくれ』、だなんて。僕に頼まなくても、太宰くんがご自分ですればいいでしょう?」
「いやあ、私はまだなまえに信頼されていないからねえ。バレる可能性が高すぎる」
「…なまえさんに後で怒られても知りませんからね」

やれやれ、と坂口は再度のため息をついた。まだ仕事が残っていたのに、全く、太宰くんの人使いの荒さときたら、とぶつぶつこぼしながら、坂口はなまえの部屋を後にした。太宰は感謝の意を込め、満面の笑みで坂口を見送った。

「さて…、このままというわけにはいかないし」

ソファで眠るなまえ。

太宰は一通り部屋を見て、寝室のドアを開けた。
ベッドの布団をめくる。

リビングへ。
ソファでは、なまえが起きる気配もなく、すやすやと眠っていた。そんななまえを起こさないようにベッドへ運ぼうと、太宰は彼女を抱き上げようとした、

「…やあ、王様」

なまえに触れる直前。ふいに暗くなった視界に気づき、太宰が目線を上げると、そこに、『夜の王』が出てきていた。

「なまえの呼び掛け無く出てくることは感心しないね。なまえが知ったら悲しむよ。それに、君だって解っているだろう?君が出てきたところで、私は何ともないのだから」

王様は言葉を発しない。ただじいっと、太宰を見つめている。

「なまえに危害は加えないよ。そんなことはしない。…少なくとも私は、そんな酷いことはしないから、安心してくれたまえ。なまえが風邪を引いたりしてはいけないからね。ベッドへ運ぶだけだよ」

じっとしていた『夜の王』は、納得したのか、ひとつ頷くと溶けて消えていった。

「…君も大概、過保護だねえ……王様」



太宰はなまえをベッドまで運び、布団をかける。先ほどまで自らの異能に悩み、苦しみ、険しく寄せられていたなまえの眉間はすっかり緩みきっていて、怖い夢も見ていなさそうではあった。

「…」

ベッドの横に腰かけ、なまえの寝顔を覗く。

睫毛が長い、唇は少し、薄い。

「…なまえ」

いとおしそうになまえを呼ぶ。返事の無いことは解っている。布団の上から、なまえの胸元に、そっと手を乗せる。規則正しく上下する胸元に、安堵する。

「…せめて、今だけでも、良い夢を」


身を乗りだす。ベッドのスプリングがきしむ。なまえの顔の横に手をつく。真上から、寝顔を覗き込む。



薄く開かれたなまえの唇に、

太宰はそっと、自らのそれを重ねた。






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