片恋ベクトル






「阿散井副隊長、落としましたよ」
「お、悪い」

 修練場の帰り、落ちてしまった手ぬぐいを拾い上げ恋次に渡したのはみょうじなまえだった。六番隊三席だ。

「今日もせいが出ますね。お疲れ様です」
「非番つってもやることないしな」
「銀蜻蛉へは?」
「定休日らしい」

 他愛のない会話を交わし、なまえと恋次は別れる。なまえは十番隊へ書類を届けに行くところらしい。すれ違いざまにふわりと香るなまえの匂いに、恋次はドキリと胸を弾ませるのだった。






「遅いわよ恋次!!!」

 いつもの居酒屋で飲んでる、と伝令神機に乱菊から連絡があり、夜になっても暇を持て余していた恋次はすぐに「行きます」と返事をした。暖簾をくぐり、横開きの扉を開けると、奥の座敷には乱菊と修兵がいた。

「2人なんて、珍しいっすね」
「ほかは忙しいらしい」
「あぁ、月末ですもんね」

 と、言う恋次だが六番隊へ来てからはそんな忙しさとも無縁だった。なぜならば、三席の書類処理が迅速且つ正確であり、月末まで面倒なものを残していないからだった。

「乱菊さんと檜佐木さんは、いいんすか。仮にも副隊長なのに」
「仮にもって何よ、仮にもって!うちは隊長が優秀だから問題ナシ!」
「俺んとこも、今月は珍しく面倒な書類がなかったんだよ」

 日番谷隊長不便すぎる、と心の中で呟く。恋次は目の前にあった枝豆に手を伸ばした。運ばれてきた日本酒を口にする。

「あっ、なまえも呼んだのよ!」
「ぶほっ!……げほ、え、は、」
「なんだよ阿散井、汚ぇ」

 突然出てきた想い人の名前に、焦る。喉の変なところへ紛れ込んだ枝豆は容赦なく恋次を咳き込ませた。なまえが、来る。

「なんでまた、なまえを……」
「え?恋次好きなんでしょう?」

 気を利かせたんじゃないのよ!感謝しなさいよね!と、乱菊は恋次の背中をバシバシと叩く。恋次の背中はびくともせず、その代わり顔面はみるみる赤くなっていく。それを見た修兵は「マジかよ」と驚いているようだ。乱菊には敵わない、と恋次はつくづく感じた。そんなに自分はわかり易く態度に出していたんだろうか?着流しの中で汗が背中をつたう。

「恋次ってば、分かりやすいんだもの〜」
「いや、いやいや、……この事なまえは……」
「どうかしら……鈍いようで変なところ勘が鋭いから。まぁ、大丈夫じゃない?」

 本人が知らないのならば……と、静かに安堵する恋次。その時、扉の開く音と共に渦中の人物がキョロキョロと辺りを見回している姿が目に入った。それに修兵も気付き、みょうじ!と手を挙げてこちらへ誘導する。

「おつかれさまで…あら、阿散井副隊長」
「おう、おつかれ」
「遅いわよなまえ!待ちくたびれた!」
「ごめんなさい、乱菊さん。隊長が送ってくださるとのことだったので、終わるのを待ってました」
「朽木隊長がぁ?」

 店前まで一緒に来たんですよ、と微笑むなまえは空いている修兵の隣へ座る。

「阿散井副隊長、何を飲んでるんですか?」
「え、あぁ、八海山」
「では、同じものを」

 店員に注文をして、お絞りで手を拭き取る。ひとつひとつの動作が丁寧で、目を離せなくなるのは、なまえに特別な感情を抱いているからだというのを恋次は自覚している。

「朽木隊長、みょうじのこと気にいってんだな」
「あー、確かにね。傍から見てるとそんな感じよねぇ」
「そうですか?」
「そうよ!きっと朽木隊長、なまえのこと好きなのよ!」

 どう思う?恋次は。
 なんて意地の悪い問いかけだろうと恋次は思う。

「そうっすね……仲良いよな、2人」
「えー、阿散井副隊長との方が、仲良しのつもりなんですけどね、わたし」

 片思いだったかぁ、と頭を掻くなまえからまた、あの匂いがする。恋次はお猪口で揺れる酒をぐいっと飲み干した。

「俺もなまえとは仲良いつもりだけど」
「あ、じゃあ、両思いですね」

 両思い、という言葉に身体中が熱くなる。その様子を見た乱菊と修兵はニヤニヤと視線を合わせていた。










「楽しかったです、お酒も料理も美味しいんですねあそこ」
「そうだな」

 乱菊、修兵と別れ六番隊の宿舎へ向かうなまえと恋次。程よく酔っ払い、気持ちよく終えることが出来た今日の集まり。「また誘ってくださいね」と笑顔で言うなまえの顔はほんのり色付いており、アルコールを含み潤んだ瞳からは色っぽさの中に幼さも見え隠れしている。

「なまえ」
「なんでしょうか?」
「あの、よ、朽木隊長……のこと、どう思ってるんだ?」
「隊長ですか?いきなりですね……うーん、隊長は隊長ですよね。それ以上でもそれ以下でもないです。あ、尊敬してます」

 じゃぁ俺のことは?なんて口が裂けても言えない。言えない代わりに、恋次はなまえの腕を掴んでいた。細い手首は冷たかった。

「どうされたんですか、阿散井副隊長」
「悪い……」
「その着流し、お似合いですね」
「お、おぉ、ありがとな」

「阿散井副隊長」
「なんだ?」

「わたし、阿散井副隊長とは男と女として両思いになりたいと思っていますよ」

 ふふ、と微笑んだなまえを思わず力一杯抱きしめた。細い肩は、簡単に恋次の腕の中に収まる。ふわり、あの匂いが漂う。

「両思いってことですか?」
「そう、だな」
「よろしくお願いします」
「お、おう……」

 とりあえずわたしの部屋で飲み直しませんか?なまえは恋次の手を引いて、六番隊舎の門をくぐった。



片恋ベクトル




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