生きる喜びは君にあり







 もぞもぞと隣で動く影。曖昧な意識の中で目を開くと、見慣れた男が布団に入ってくるところだった。

「し、んじ……」
「起こしたか、ごめんやで」
「んん、おかえり」
「ただいま」

 平子はなまえの頭をゆるゆると撫で、額に唇を落とす。ちゅ、と軽快な音をたて離れる平子の顔をじっと見つめたなまえは、満足そうに微笑む。

「こんな時間……、何してたの」

 時刻は深夜3時。

「うちの四席がでっかいミスしよって、それの尻拭いで執務室に缶詰めや」

 なまえは「そう」と呟き平子の輪郭をなぞるように触る。その感覚が気持ちよくて、平子の口元は緩む。月明かりで仄かに明るい室内で、2人はお互いの表情を探り合う。

「ごめん、待っていようと思ってたんだけど」
「ええって、こないな遅い時間になってしもうたし」

 そこまで言うと、横になりながら肘をついていた平子の右腕はなまえの頭の下へ滑り込む。それを合図になまえは身体を平子の方へ向け細い腰を抱きしめる。ぎゅっと抱きつくと、平子も応えるようになまえを抱きしめる。深呼吸をしてお互いの匂い、体温を身体いっぱいに感じ取る。風呂に行ったばかりなのだろう、平子は石鹸の匂いがする。

「髪、乾かした?」
「おー、ドライヤーでばっちりやで」
「昔より楽になったんじゃない」
「あの時はなまえが乾かしてくれてたやないかい」
「ふふ、そうだったね」

 100年前よりかなり短くなった平子の髪にさらりと指を通して、なまえの胸はぎゅっと締め付けられる。約100年、なまえは平子の帰りをずっと待っていた。

「短かったような、長かったような」
「俺はしんどかったで、なまえに会えんくて……ただな、まさか待ってるとは思わんかった」

 平子たちが消えてから数年、なまえはずっと塞ぎ込んでいた。もちろん、死神なのだ、いつどうなるかなんて分からない。常にその覚悟をしていなくてはいけなかった。していたつもりだった。

「真子はいつも、ずっと傍におるでって言ってたじゃない」
「あァ……」
「死んだなんてどうしても思えなかった」

 ホントに死んでなかったしね、と小さく呟くなまえ。塞ぎ込む気持ちは、まだ生きているかもしれないという淡い希望に縋ることで少しずつ無理矢理消していった。平子たちの存在を知る者が、時が経つにつれに少なくなっていく。何度も挫けそうになった。それでもなまえは、平子たちが生きている可能性を信じ続けていた。

 そして、本当に、生きていたのだ。

「わたし、一途でしょ」
「俺かて、そうやん」

 ふふふ、と顔を近づけ笑い合う。なんて幸せだろう。

 真子、となまえに名前を呼ばれ、平子は返事の代わりに優しくキスをするのだった。


生きる喜びは君にあり



back
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -