そして、重なる、二つの影




 瀞霊廷通信でーす、と一番隊から順に回り隊長もしくは副隊長に手渡す。それがわたしの、本日最後の業務。

「こんばんは、九番隊でーす、瀞霊廷通信をお届けに伺いましたぁ」
「あ、なまえやん!丁度いいとこに来よったで!」
「あ、ひよ里さん、こんばんは。何かありましたか?」
「ウチこれから、リサと白と飲みに行くねん!なまえもどうや?!」
「わあ!是非!」
「よっしゃ!じゃぁ、仕事終わったらいつもんとこなー!」

 十二番隊へ顔を出すと、ひよ里さんがすぐに声をかけてくれる。お饅頭をくれたり、他愛ない話をしたり。飲みに誘われることも増えた。

 ひよ里さんとの約束を胸に、先程より軽い足取りで浮竹隊長の元へ向かう。無事瀞霊廷通信を渡し、さぁいつものお店を向かおう。このところ忙しく、誘いを断ってばかりだった。それでも毎回声をかけてくれるひよ里さんにはとっても感謝してる。

「あ、なまえ!こっちやでー!」
「おつかれさまです!って、あれ?」
「おー、おつかれさん」

 なぜ平子隊長が……!?

「一緒に行くぅ言うて、勝手に付いてきたんや。邪魔やったら速攻ボコるで?」
「そ、んな!ダメですよリサさん!仮にも隊長さんなんですから!」
「仮にもってなんや、仮にもって」
「真子!ウチらの邪魔したらその平たい顔更に平たくしてやんで、覚悟しときぃ」

 おー、こわ、と言って目の前にある徳利から日本酒を注ぐ平子隊長。

「あ、白さんは?」
「拳西とデート」
「え!?」
「何ウソついてんねん真子!急な現世任務やと」
「えっ、そうだったんですか!?聞いてないです……」

 急な任務言うてたからなァ、とひよ里さん。4人がけのテーブル席には奥にリサさんその横にひよ里さんが座っている。リサさんの正面には平子隊長。つまりわたしが座るのは、

「なまえ、ここ座りィ」

 自分の横の空席に、左手をポンポンと弾ませるのは平子隊長だ。

「し、失礼します……」

 失敗した。ちゃんと、髪を梳かして結び直すべきだった。ちゃんとお白いもはたき、化粧を直すべきだった。

 ドクンドクンと、心臓の動きが速度を上げているのが十分分かった。





「…………」
「あかんわ、完璧に寝とる。弱すぎやろ」
「少し飲ませすぎたんとちゃう?」

 俺の肩に頭を乗せ、規則正しい寝息を立てているなまえ。

 九番隊五席で瀞霊廷通信の編集をしているみょうじなまえは、容姿端麗、文武両道を絵に描いたような奴やった。他の隊の、ましてや席官なんて一々覚えてられんし、実はついこの間まで名前しか知らんかった。ひよ里やリサたちが可愛がってるってことだけは、こいつらの話題に上っていたからなんとなく気付いたけど、ほんま、それだけやった。
 それがついこの間、執務室で書類を片付けていた時に偶偶なまえが五番隊へやってきた。前回の瀞霊廷通信に誤字があったらしく、訂正版を持ってきたとのことだった。初めて交わす会話に初めて見る笑顔、多分一目惚れ。

「……真子、なまえのことどう思ってんの」
「ブハッ、なんやねんリサ、急に」
「お前のなまえを見る目がいやらしゅうてこっちは気が気じゃないんじゃハゲ」
「どうってなァ……」

 初めて会った日から、拳西に用事いう名目でなまえに会いに九番隊へ行くことが増えた。平子隊長、と鈴がなるような声で俺の名前を呼ぶなまえに、愛しさが増してくんがよーく、分かった。絶対手に入れたい、隣で笑っていてほしい、と心の底から思った。

「大切に思とるよ」
「それ、本人に言うてやりィ」
「ちょ、リサ!何言ってんのや!こんなハゲにそないなこと言われたらなまえ困るやんけ!」
「そうでもないんよ」

 眼鏡の下で、リサの目が光る。

「ひよ里、この間なまえが好きなヤツおる言うてたやん」
「せやな!……って、それがハゲ真子言うんか!?」
「それ以外おらんやろ」
「なんでやねん!なまえは美人やし仕事できるし懐っこいし、引く手数多やん!!!なんでよりによってこのハゲやねん!!!」
「なまえ、言うてたで。ひよ里と真子が仲良さそうで羨ましいてな。ヤキモチや、ヤキモチ」
「はぁ〜〜〜〜ぁ?」

 俺とひよ里が仲いいのかは別として、なんやねんなまえはそんなこと言ってたんかい。俺は未だにスヤスヤと眠るなまえに、まだ起きるなよと目で訴える。

「なんや、俺ら両思いなんかァ」
「キッショ!真子と両思い!キッショーーー!」
「うるさいわひよ里、お前黙っとけ」
「なんやねんコラ、上等じゃ」

 ひよ里が俺の胸ぐらに掴みかかる。





 薄らと目を開けると、キラキラと光る金髪が目に入った。ざっ、ざっ、と地面を蹴る音と、それに合わせて心地よく揺れる体。

「お、目ェ覚めたんかい」
「え、ええええ!?あれっ!?ひら、こ、たいちょ……」

 ボーッとする意識を無理やり覚醒させ、自分が置かれている状況を確認する。目の前には五の文字と大きな背中。わたし、おんぶされてる!?

「や、あの、あの……!すみません、こんな、隊長におんぶなんて……!!!」
「うおっ、暴れるなや、落ちるで」
「振り落としてください、地面に叩きつけて落としてくださいぃぃぃい」

 恥ずかしさと申し訳なさで、顔が熱くなる。隊長がゆっくりしゃがみ、わたしは地面に脚を着けた。

「すみませんでした……こんな、酔っ払って…おんぶ…………」
「ええんやで、俺もラッキーやったし」
「(ラッキー?)ひよ里さんたちは?」
「アイツらまだやってるんちゃう」
「え、じゃぁぜひ今からでも戻ってください!」

 行くでー、とわたしの右手を握りスタスタと歩き出す平子隊長。ちょ、手!手!っていうかわたしの言ったことはスルーですか……!

 握られている右手首が熱い。前を歩く平子隊長の背中をじっと見つめているだけしか出来なかった。一言も話さず、ひたすら九番区を目指す。これは呆れられたかな。怒ってるのかな?よりにもよって、平子隊長がいる飲み会で潰れるなんて……、みょうじなまえ一生の不覚。大きな溜め息が口から漏れそうになったその瞬間、ドンと顔面を隊長の背中にぶつけた。鼻が潰れたんじゃない?これ。

「おォ、すまんすまん」
「……痛いです隊長」

 鼻を押さえていたわたしの手を退かして、自分の手で撫でる隊長。自然と向き合う形になり、目の前にある整った顔に緊張がピークを迎える。

「……なに泣いてるねん、そない痛かったんか」
「ちが、違いますっ……、なんか、情けなくて、恥ずかしいし……嫌われてしまったと思ったら、涙が……」

 鳩が豆鉄砲をくらったような顔とはこういう表情なんだろうな、と思った。そしてすぐ、平子隊長はバツが悪そうに表情を歪めると、グッと目を見据えその視線がわたしを捉えた。

「誰が誰を嫌いやねんて?」
「平子隊長が…、わたしを」
「はァ、嫌いなヤツの手ェ引いて歩くほど俺は暇やないんやけど?」
「……」
「むしろ2人きりになれてラッキーやと思とる」

 なまえ、と名前を呼ばれて、俯いていた頭をゆっくり上げる。平子隊長は今まで見たことのないような、柔らかい笑みを浮かべていた。なに、それ、反則。近付く隊長の唇を、受け入れる以外の選択肢がわたしにはなかった。


そして、重なる、二つの影





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