夜を駆ける





 寝苦しい夜だった。ハードワークで疲れているはずの身体は、暑さに負けて眠気をあっという間に追い出してしまった。ぱちりと目が覚め、全身にじんわりと汗をかいているのが嫌でも分かる。現世で買った扇風機はタイマーが切れていて、うんともすんとも言わない。もう一度電源を入れようかとも思ったけれど、覚めた意識はそう簡単に眠りにつかせてはくれなそうだった。

 着流しの合わせを申し訳程度に直して、自室の襖を開けると、中庭に面した廊下から月が綺麗に見えていた。「わお……」思わず声が出る。廊下へ出て縁側に足を投げ出し、月を見上げた。生温い風が頬を撫でるけれどそれすらも気持ちよかった。あんなに暑かったのはどうやら部屋の中だけだったらしい。

「……みょうじか?」
「あ、平子くん、こんばんは」

 暗い廊下、月明かりに照らされキラキラと光る髪をなびかせているのは、同期の平子真子くん。女のような長髪がチャームポイント。あと、関西弁。

「こないな遅い時間に何してんのや」
「暑くて目がさめちゃったの」
「みょうじもかいな、俺もや」
「フフ」

 平子くんは何の躊躇いもなしにわたしの隣へと腰掛けた。そして同じように、脚を投げ出している。着流しの隙間から見え隠れする薄い胸が、月明かりで妙に白くうつる。しゅっとした顎が綺麗な輪郭を描いていて、思わず見つめてしまった。「穴開くわボケ」あ、ごめん「そんなにカッコいいんかいな俺」うん、そうだね、カッコイイ。「バッ、冗談や冗談!」平子くんは見る見るうちに昇格して、なんと今は五番隊の隊長だ。わたしはこの間やっと、六番隊の五席になった。平子くんは飄々としているようで、しっかりと芯のある人だから選ばれたのかもしれない。隊長羽織りを着る彼の背中を見かける度、追い付けないと自覚し落ち込む。……あれ?なんで六番隊の隊舎にいるんだろう。

「なんや久しぶりやなァ、こうしてゆっくりみょうじと話すの」
「そうだね、最近忙しそうだものね、隊長殿は」
「肩凝ってしゃーないわ」
「お疲れ様です」

 後ろについていた右手を彼の肩にのせ、揉んでみる。男性にしては華奢な方だけれど、ゴツゴツと骨ばっているそこはなんというか、色っぽかった。そのまま平子くんの横顔を見ていたら、急に視線が合う。吸い込まれそうな瞳から離れることが出来ないのは、

「さっきから見過ぎやて」
「……平子くんに穴が空いちゃったらどうしよう」

 そん時は責任とってほしいねんけど、と耳元で囁く平子くんは、ニヤリと何かを含んだようにわたしに笑いかけたのだった。

「なんで俺がこのへんウロウロしてたんか、知りたない?」

 暑い、熱い。







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