*memo* | ナノ




彼はとても我慢づよく

トキ春で一ノ瀬さんが病んデレ



さようなら、トキヤ君。
いえ、一ノ瀬さん。


彼との一枚の写真があるサイトに掲載されてから、これ以上のスキャンダルを恐れた私は事務所を辞めてフリーでの仕事を始めた。予想以上にそれは大変な事で今まで自分がどれだけ恵まれていたかを知った。
何度かの春が来て次第に仕事は順調になった。学園時代の友人からは未だに連絡があったりする。けれど彼の話題は避け続けた。
今でも恋の歌を作るときは彼を思い描く。ふと微笑んだ時の彼の顔。自分よりも大きな手のぬくもり。そして何よりもあの誰よりも美しい声が。
自分の名前を読んでくれた時。

自宅兼仕事場のマンション。大きな山を一つ終えた春歌は一息入れようと珈琲を片手にTVをつけた。
夜も深いこの時間は放映されている番組は限られる。何ともなしにそれを見ているとピンポンとインターホンがなり、TVの音かとTVをみやれば、またインターホンの音がする。こんな時間に訪ねてくる人など、知らない。少しだけ異常に感じつつも
玄関まで行くとしっかりまずは鍵がかけられていた事に安堵した。そして物音をたてないように気配を伺う。
ピンポン、
まるでここにいるのが分かるかのようにインターホンは鳴る。
意を決しててカチリと鍵を開ける。
誰かが立つ気配はするけれど動く気配は無い。ゴクリと、息を飲んで扉に手をかける。ビクビクしながら開いたドアの先には。

「トキヤ、君」

一瞬幻覚ではないかと目を凝らした。何故彼がここにいるのか。誰にも居場所は教えていないのにどうして知っているのかとか。何よりも、彼はどうして

微笑んでいるのか、

「春歌、遅くなってすいません」

彼はまるで昨日別れた友人のように語る。

やっと結婚の許可を貰えました。君を養っていける財産だって、地位だって手に入れた。ずっとあなたの楽曲を他人に提供する事にも耐えてきた。あなたに会う事も触れる事も。

抱きしめられる。ほねが軋む。

もう離しません、この手は。

あぁ彼は諦めたのではなく、我慢していただけ。抱きしめる腕を緩めただけ。

あぁそうだ彼は
誰よりも我慢づよく、壊れやすい



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