男である春樹が初めて痴漢に遭ったのは、出勤時の混みあった会社のエレベーターの中だった。

気のせいだ。何かの間違いだ。
そう自分に言い聞かせる春樹だったが、偶然ではないと思い知るのは早かった。
手当たり次第に誰にでも行為をしているわけではなく、どうやら春樹をターゲットとしているらしい。
たびたび痴漢行為の被害に遭って、抵抗も対策もできないまま、もう3ヶ月になる。

毎朝、繰り返される行為。
太腿を触っていた掌が、日を追うごとに場所を変えてきて、エスカレートしている。
腰を触られ、意味ありげに掴まれ、ゆっくりと上下に揺らされた時は、さすがに身を捩った。
背後にいるのが誰かなんて、俯いてひたすら堪え忍ぶ春樹には分からない。
飽きるまで耐えれば良い、会社で問題を起こしたくない。

……いつまで続くのだろう。

特に最近はあからさまだ。
尻を包むように押し付けられる掌に揉まれ、スラックスの縫い目を辿るように狭間を指が往復する。
先の見えない不安に、春樹は神経を磨り減らしていった。


* * * * * * *


「春樹先輩、大丈夫ですか?」

「んん…、ごめん、世話かけて」


指導している5つ下の後輩が、気落ちする春樹に気付き、気晴らしにと飲みに誘ってくれた。
スポーツをしていただけあって図体はでかいが、犬のように懐いてくれている可愛い後輩だ。
最近のフラストレーションの原因である痴漢のこともあって、春樹はついつい飲み過ぎてしまったらしい。
面倒見のよい彼は、春樹を1人にするのは心配だからと、自宅へ招いてくれるという。


「先輩がこんなに酔うなんて珍しいですね。夜に何かあったら心配なんで、今夜は俺んちに泊まって行ってください」

「ああ…ほんと、悪いな…」

「大丈夫ですよ。気ままな一人暮らしの部屋ですが、気楽に過ごしてくださいね」

「ん……さんきゅ…」


ぐるぐるする。
ふわふわする。
確かにそこまで酒に強いわけではないが、何故こんなに頭も体もおぼつかないのだろう。
疲れていたせいで酔いが早い?
体の中に熱が籠っていく。
汗ばんで内側に渦巻く。
いつもの酔いとは違う気がした。


「先輩、つきましたよ。ほら、俺に掴まって…」


腰を抱かれるようにして支えられながら、タクシーから出てエントランスへと向かう。
足に上手く力が入らない。
それなのに、触れている場所が痺れるような感覚が続いている。

(……なんか…、これ、……気だるい感じがするの…オナニーしたあとみたいだ…)

エレベーターが上昇する。
直ぐ傍にある体温にもたれ掛かり、春樹は重たげに何度もまばたきを繰り返した。
浮き上がるようなエレベーターの揺れに、ぼんやりと思い出してしまうのは、毎朝あう痴漢のことだった。

何故、自分なのだろう。
たいして顔立ちが良いわけでもない。
痩せ気味で華奢な体つきは貧相で、年だってもう三十路に近い。
中性的な男性社員はあのエレベーター内にもいるのに、わざわざ毎朝、春樹の背後へとやって来る。

――その時。
覚えのある掌が、春樹の尻を鷲掴んだ。


「ひ…っ!」


酔いも遠退く衝撃だった。
思いもよらない懸念が事実として降りかかってきて、春樹は酒気で潤んだ目を見開いた。
今、このエレベーターには、後輩と自分の2人しかいない。
毎朝、会社のエレベーターで自分に痴漢行為を繰り返してきたのは……。
硬直して震える春樹の耳へ、男は湿った吐息で囁いた。


「……春樹先輩、無防備が過ぎますよ。……そんなところも、かわいいなぁ…」

「っ、お、おまえ…」


チン、と止まったエレベーター。
開いた扉から連れ出される。
春樹の腰を抱いて足早に移動し、押し込められた一室は、後輩のテリトリー。
扉が閉まり、ガチャン、と後ろ手に鍵が掛けられた。


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