物心着いた頃から、姫子には人のものを欲しがる悪い癖があった。

同じものであっても、他の人が食べているものが美味しそうに見える。
ショップに並んでいるものより、他の人が持っているもの方がキラキラしていた。
他の人が手に入れた特別なものが、自分にとっての特別なものよりも、もっと特別なものに思えたから。

誰かが手にしてこそ、眩しくて、羨ましくなって、自分の物にしたくなる。
相手が持っているものの方が、良いものに見えてしまう。

――だから姫子は奪うのだ。

子供の頃の独占欲のまま貰えたのは、まだ分別の知らない子供だったから。
成長するにつれて“普通”や“常識”から出ないよう、手に入れる方法を変えていく。
それとなく自分へ譲るように誘導したり、…紛失と見せかけて手にしたり、時には対価となるものを用意した。
雑貨、アクセサリー、衣服、そして恋人を奪った事もある。
姫子のこの悪い癖は友人はもちろん、家族にさえバレていない。

欲しいと思う欲求は、実の姉からさえ奪ってしまうのだ。


* * * * * * *


姫子の5つ上の姉は、結婚を前提に交際している恋人と同棲している。
すでに家族ぐるみの付き合いで、何度か2人の部屋に泊りに行ったこともあった。

おおらかで優しくて、芯を持った、心根の真っ直ぐな姉。
口数は少ないものの、穏やかで、落ち着いた包容力のある義兄となる男。
誰が見てもお似合いの2人。
それでも姫子は止まらない。
誰かのものなら、なおさら欲しい。

(ごめんね、お姉ちゃん。でも可愛い妹が欲しがってるんだから、許してね)


――その日、姫子は“取り寄せた”旅行のお土産を持って、姉たちの部屋に訪れた。

そのまま宅飲みへと話しを誘導し、姉だけを薬を使って酔い潰した。
義兄が姉を寝室へ寝かせに行き、戻ってきた彼を、姫子は誘惑する。
戸惑い、困惑し、優しさゆえに言葉を選ぼうと逡巡する彼に畳み掛けた。
嫌悪や怒りが真っ先に出てこないのなら、あとは簡単だ。


「…今夜だけでいいんです…」


姫子は自分の容姿や体つきの良さも、それをどう使えば男に通じるか、今までの経験から把握している。
そのために磨いた体と演技だ。
他人のものを奪い取るためのもの。

泣き濡れる瞳で見上げ、震える唇を薄く開いて、弱々しくすがりつく。
甘く官能的な香りを髪に纏わせて。
柔らかな胸を自然な動作で、控えめに押し付けて、白いうなじを見せつける。
純情な姉とは違う、セクシャルな『女』を目の前に差し出す。
目の前にいるのは未来の妹ではない。
何をされても拒むことのない、好きにしても良い、そんな『女』がいる。


「お願い、……お義兄さんに愛されてみたい…」


女は頭で考え、男は下半身で考える生き物だ。
気持ちいいことに弱い。
よほどの溺愛や執着じみた愛を持っていない限り、結婚を約束していたとしても、沸いてでた誘惑には揺らいでしまう。
例に漏れず、姉の彼氏は姫子を強く拒絶しない。
……迷っている。


「一度だけで良いの……」


ごくりと喉が動くのを目にして、姫子は男の背中に指を滑らせる。
密着した女の体に反射的に強張った筋肉は、甘い匂いを幾度か吸い込み、ゆっくりとほどけていく。
躊躇いがちに腰へと触れた彼の手は、姫子を引き剥がそうとはしなかった。
数拍の間をおいて、姫子の腰に添えていた手が、意思を持って抱き寄せる。

(――落ちた……)

歓喜に笑う内心を出さずに、憂いた瞳で姫子は唇を寄せた。
男と女の唇が重なる。
彼の両腕が細い女の体を劣情の手付きで抱き、躊躇いを断ち切るように舌を絡ませた。


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