キーンコーン
カーンコーン

ざわざわ…ざわざわ…


放課後のチャイムが鳴って、ざわめきながら生徒たちが下校する。
帰宅部はそのまま学校を離れ、運動部や文化部は部活へと赴く。
そのどちらでもない姫子は一人、補習を受けるために、体操服へ着替えようと更衣室へと向かっていた。
運動音痴の彼女は体育を苦手としていて、ずる休みをしたり、仮病を使って保健室で休んだりしていた。
それでは単位が取れるはずもなく、案の定、たった一人で補習を受けることになってしまったのだ。

(はぁ…、やだなぁ、あの先生…ちょっと苦手なんだよねぇ)

件の体育教師は明るくておおらかなので、男女ともに人気の先生だ。
だが、姫子はあまり関わりたいとは思えなかった。
どうしてと聞かれれば答えに詰まってしまうが、本能的に、近寄りがたいのだ。
まるで蛇に睨まれた蛙のように、体がすくんでしまう。

でも、補習となってはもう逃げるわけにもいかない。
――仕方がない。
早く終わらせてしまおう。

(そう言えば、運動場や体育館が使えないから、空き教室でするって言ってたっけ)

今は使われていない商業棟の空き教室は、倉庫として使う他に、文化部の活動や補習などにも使われている。
本校舎から遠いので、行くのも帰るのも一苦労だ。
体操服で行き来するのはどうにも恥ずかしいが、サボってきた自分が悪いのは分かっている。

姫子はそう溜め息を飲み込み、更衣室で体操服へと着替えると、言われた通りに空き教室へと急いだ。

(1‐E…1‐E…、あ、ここ?)

周囲にひと気はない。
部室として使われているのは2階や3階のようで、並ぶ空き教室やそこへ続く廊下はシンとしている。
本当にここで合ってるのだろうか…不安になりながらも姫子は、コンコン、と引戸をノックする。


「先生、姫子です。すみません、遅くなりました…」

「ああ、入ってきなさい」


返事があったのを確認して、ひとまずほっと息を吐く。
そして姫子は今度は苦々しい溜め息をついて、よし、と気持ちを切り替えて引戸を開けた。

――…夕暮れに染まる教室が大きく口を開けて、姫子を飲み込んだ。

夕陽に思わず目が眩む。
何度か瞬きして視界を馴染ませてから、ふと、気がついた。
教室には机と椅子。それしかない。
体育の座学は出ているから、運動の方の補習になるはずなのに…マットも何もない。


「…先生…?」


あれ、そう言えば、先生は…。
目に写る範囲には居なくて、周囲を見回そうとしたその時。
ガチャン、とすぐ後ろで鍵の落とされる音がした。
慌てて振り向けば、いつものジャージ姿の体育教師が、扉の前に立ち塞がるようにして笑っていた。
入ってくる時、直ぐ横に立っていたのに気付かなかったらしい。

(…――待って、今、…どうして鍵をかけたの?)


「せんせ…?」


思わず震える声が出た。
心臓が嫌な脈打ち方をする。
あの、蛇に睨まれているような感じがして、姫子の足がガクガクと震えた。


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