高みの見物(月島)
「いや、これは流石に予想以上と言うか…」
「なに、自分で希望したんでしょ」
「だって…極めて恐ろしい」
少し離れたところで日向君の「ねえねえ、どんな感じ?!」と囃し立てるような声が聞こえる。
が、その距離僅か2m。
やけに遠く感じる声の理由は…
ことの発端は30分程前に遡る。
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部活が終わり息も白む日の沈んだ夕刻。
帰り道にある公園を通りかかると足元に転がって来たバレーボールに馴染みの声がかかる。
「あ、名前ちゃん!それこっちに投げてー」
ガタイの割に少し高めの優しい通る声、山口君だ。
真っ暗な公園でライトに照らされた烏野一年集団に向かって言われなくとも、とすぐにボールを拾い上げた私はへなちょこホームで投げ返す。
そして吸い寄せられるように自分も公園の中へ入って行く。
「まーだやってんの?もう寒いし早く帰ってご飯食べて寝なよ」
「もうちょい!あと一本だけ!」
粘る日向君に苦笑しつつ荷物の置かれた近くのベンチへ自然と腰を下ろしボールの行く末を見守っていると、程無くして日向君が宣言した最後の一球が地面へと落ちた。
ここでオーバーワークを伝え解散を促すも何か賭けていたらしく4匹の小烏は揉め始める…
「負けたんだからちゃんと言うこと聞けよ」
「はぁ?総合的にはイーブンでしょ。そもそも僕は無理矢理付き合わされてただけなんだけど。感謝こそされど罰ゲームを受ける義理はないよ」
凄む影山君に対峙する月島君の図。
見慣れたものだ。
どちらも引く様子のない空気に仲裁役の山口君がこちらを一瞥し助けを求めて来る。
「じゃ、じゃあさ。ここは間を取って名前ちゃんに決めてもらわない?」
とんだ火の粉だ!
なんて思った刹那、一同の視線を受け概ね理解しつつも一応話の詳細を聞く。
すると予想通り、嫌がる月島君を挑発して半ば無理矢理勝負をし、負けた方が買った方の言うことを一つ聞くと言うペナルティを課していたらしい。
「それで、月島君と山口君が負けたと」
「一応総合的には…でも初めの一点は合意前の不意打ちだったんだよね」
「だから別に負けてないし何もなしで終わりにすればいいって言ってるんだよ」
「負けは負けだろ!」
これは…一生終わらない戦いが始まってしまった気がする。
「だからさ、さっきも言ったけど間を取って名前ちゃんにペナルティの発案をしてもらえたら助かるなーとか…」
それですんなりことが収まるなら一番な気もするけど、正直月島君に対してこの場を穏便に済ませるペナルティなんて考えが付かない。
ここはやはり山口君に振るのが賢明か…
「じゃあ山口君が…」
「ちょっと待て、いつも山口ばっかにやらせてねぇでたまにはお前も被れよ」
ベンチに放られたままのジャージを掴み取った影山君がもぞもぞとそれを身に纏いながら月島君を睨み付ける。
「まるで僕がいつも責任逃れしてるみたいな言い方しないでくれる?」
「違うのかよ」
これはまた一波乱ありそうな予感です。
何かいい打開策はないかと思考を巡らせるも月島君に掴みかからんばかりの影山君に気圧され、焦って立ち上がり勢いで私の口を衝いて出た言葉は…
「えーっと…じゃあ約190cmの視界ってどんな感じ?ちょっと体験してみたい」
「……」
返事の代わりに蔑むような視線と小馬鹿にするような溜め息が聞こえて来た気がした。
「それってツッキーが名前ちゃんを持ち上げるってこと?」
「いいじゃんそれ。珍しく平和
」
「ぐぬぬ…」
何か言いたげな影山君は置いといて、賛成ムードな二人に我ながら適当に出た言葉とは言えナイスと内心ガッツポーズを取り月島君へ向き直る。
「どうでしょうか!」
「……まあ、そのくらいなら」
顔と言葉が一致してないけどそこはもうスルーの方向で。
「さ、さあ!来い!」
意を決し無駄に意気込んで両手を広げた私に一瞬顔を引き攣らせた月島君は、さっさと終わらせたいのがありありとわかる素早さで敢えて私の背後に回る。
そして少し躊躇った後、両脇腹に手を添えてひょいっと効果音が付きそうなくらいいとも簡単に私の身体を持ち上げた。
「わー…い!?」
喜んだのも束の間、いきなり高くなった視界に私の好奇心は一気に恐怖心へと変わる。
「ちょ、待って!タイム!」
「はあ?」
「何これ怖い!無理!」
自ら頼んでおきながらギャーギャー騒いでいると悲しいかなそれが彼の加虐心を刺激したのか更に視界が上昇した。
日向君からは何故か羨望の眼差しを受け、その隣で無駄に拍手をする山口君。
一番突っ掛かっていた筈の影山君は早々に帰り支度を始めている。
「だってこれ月島君の身長より大分高くない!?」
「大して変わんないよ」
「でも…」
「デモデモダッテウルサイ。落とすよ」
「ひぃっ!」
一瞬力を抜かれ落下する感覚に身を固くするもすぐにちゃんと支えてくれ、そのままゆっくり地面に降ろされる。
着地させてくれた時、少し屈んだ月島君の吐息が耳元に当たった。
「よーし、それじゃあ解散しよーぜ。腹減ったー!」
日向君の声で我に返り寒さと恥ずかしさで赤くなった耳を掌で覆いながら顔を上げる。
待ってましたとばかりにかち合った視線にギクリとし、顔を背けそそくさと先を歩いたが、コンパスの差ですぐに追い付かれてしまう。
「君は僕のことを下から見上げてる方が合ってるよ」
ボソッと落ちて来た言葉に振り返るより先に追い抜かれ、それぞれ帰途に就く背中を小走りで追い掛けた。
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