5
「どうぞ」
まるで自分の家に招き入れるように私を部屋に通しソファに座らせると月島は電気ポットに水を入れてコンセントを差した。
お湯を沸かしている間にスーツの上着を脱ぎ丁寧にハンガーに掛けると次いでネクタイを緩めながら備え付けのコーヒーカップ二つに粉末を入れて行く。
「……」
広い部屋に沈黙が重くのし掛かる。
セミダブルのベッドが二台に大きなソファ、そしてそれに見合ったテレビ。
バスルームとトイレは勿論別である。
程なくしてお湯が沸け粉末に注がれるとコーヒーのいい香りが部屋中に広がった。
差し出されたカップを受け取りコーヒーを一口流し込む。
その苦味に現実へと引き戻されるような気がした。
「……」
私は黙ったままだ。
何を話せばいいのかわからない。
そもそもなんでこんなことになっているのか。
正直パニック状態だった。
「君さ…」
先に口を開いたのは月島だった。
私と向き合うようにテレビの前に立っている。
「少し強引にされたらこうやって誰とでもホテルに入っちゃうような女になったの?」
流石にこの言葉にはカチンと来た。
音を立ててテーブルにカップを置き勢いよく立ち上がると視界の端で隣に置いていたハンドバッグが床に転がるのが見えた。
「ちがっ…」
「じゃあ何でここにいるの?」
追い込むような台詞に気圧され口を噤む。
相変わらず頭はボーッとしていて上手い言葉が出て来ない。
「つ、月島こそ酔ってる女の子なら誰でもホテルに連れ込むような男になっちゃったんだ?」
似たような台詞をそのまま返せば月島の表情は明らかに苛立ちを含んだものとなる。
「答えになってないよ」
いつもより低い声で呟くと私のカップの隣に自分のカップを並べ置き、またも私の腕を掴む。
「それともお酒が入るといつもこうなっちゃうのかな?さっきだってそんな胸元の開いた服で屈んだり先輩達に色目使って…」
「なっ、そんなこと…!」
反論するも掴まれた腕への力は増し言葉でも身体でも抵抗することができずに身長差は勿論のことその威圧的な雰囲気に圧倒され後退る。
「ねぇ、月島。何か恐い…」
纏うオーラがガラリと変わった月島は知らない男の人のように見えた。
「私はこんな風に部屋に連れて来られたのも初めてだし、そんな女じゃない。月島の方が変わっちゃったんじゃないの?」
消え入るような声で紡ぐと少しの沈黙のあと月島は溜め息を溢しながら私の腕を解放した。
「それならいいけど」
自棄にさっぱりとした返答だった。
そもそも私達の関係とは?
別に付き合ってるわけでもないし何をしても怒られる筋合いはない。
はっきり言って月島には関係ないのだ。
そんな思いが顔に出てしまっていたのだろうか、月島は「まさか僕には関係ないとか思ってないよね?」と口にし、そして続けざま爆弾を投下したのだった。
「四年前に僕が言ったこと覚えてる?」
その言葉に思わず身体が跳ねる。
勿論忘れる筈がない。
生まれて初めての告白だった。
普通の告白ではなかったけれど…
あの日のあの言葉が脳裏に蘇る。
「あの日から僕のこと少しは意識してくれるようになった?」
耳を疑った。
まさかこの男はあの時代に不足していた私の気持ちを育てるためにわざわざ四年もの年月をかけたと言うのだろうか。
そしてまんまと彼のことを気にかけてしまっていた自分に嫌気が差した。
「ちゃんと言ってくれなきゃ、わからないよ…」
最早酔いなど関係なく、飲み会の初めの頃のように月島の顔を直視できなくなっていた。
それを愉しみわざと屈んで視線を合わせようとして来るこの男は相当性格が悪い。
そして覗き込むように視線を合わせ
「僕と付き合って欲しいんだけど」
今度はよくわからない続きの台詞はなかった。
月島が自分の知っている雰囲気に戻った安心感とずっとモヤモヤしていた気持ちを晴らす言葉に自然と視界が滲む。
知らず知らずのうちに彼のこの言葉を待っていた自分がいたことに気付いてしまった。
返事を口にする代わりに何度も小さく頷く。
それを見た月島は満足げに口角を上げ
「まあ僕は取り置きの品を取りに来ただけだから君に拒否権はないんだけどね」
と、何の悪びれもなく続けた。
「そう言う訳だから、四年分の埋め合わせしてもらうよ」
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