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祭りの後(春高バレー)

向かいの応援席には漆黒をベースに大きく白で書かれた【飛べ】の二文字。
地上では選手、監督どちらも好戦的な笑みを浮かべ、決勝戦と見紛う程の気迫を醸し出している。
いつものルーティーンで円陣を組んだ赤のユニフォームに欠員はいない。
会場の歓声を穿通するような甲高い笛の音と同時に奮い立ったその頼もしい背中に敗北が訪れるだなんて、この時一体誰が疑っただろう。

**********

――長い鍔迫り合いの接戦の末、音駒高校の春は終わった。
永遠のようであっと言う間。
心奪われた貴い時間。
試合の終わりを決定付けた最後の一球が床を打つ音で緊張の糸がぷつりと切れた私は、ついさっきまで自身を満たしていた多大なプレッシャーから唐突に解放され、心臓が抜け落ちるような喪失感を覚えていた。
勝敗が決した途端撤収し始める観客の波に流され呆然としたまま外へ押し出されると気管支を刺す冷たい空気にヒュッと喉が鳴る。

「…帰らなきゃ」

しかし体は目的もなくふらふらと街を彷徨い、人混みの中へと溶け込んで行く。
流行りの歌が流れる賑やかな通りで買い物を楽しむ同世代の人達。
その横を通り過ぎる私の目には何も入って来ないし聞こえもしない。
でも今は一人になりたくなくて、ホント馬鹿みたいな話だけど、街の喧騒に縋っていた。
冬の空はあっと言う間に闇に包まれ、街の様子を窺うように雲間から月が覗く。
そろそろ本当に帰らなければとスマホを取り出し時刻を確認しながら、ふとクロさんと研磨に連絡をするべきかと逡巡する。

「…取り敢えず帰ってからかな」

と、問題を先延ばしにしたところでタイミングがいいか悪いか着信を受け、よく確認もせず咄嗟に通話ボタンを押してしまった。

「どこにいんの」

こんな時でさえ変わらぬ声色に相反する安堵と憂慮が渦を巻いて交わりながらじわじわと心を蝕み、思わず声が震える。

「…どこでしょう」

もっと他に言うべきことはたくさんあった筈なのに、なんて迂愚な台詞。

「何でお前が泣いてんだよ」
「名前、泣いてるの?」

やや遠めに聞こえて来たのは一緒にいるであろう研磨の声。
試合の最後に溢した今まで見たことのないその表情が脳裏に浮かび、冬の寒さも相俟ってか鼻の奥がツンとした。

「泣いてませんけど」
「ホントかよ」

自分でもよくわからないままズズッと鼻を啜りながら私の足はようやく帰途に就く。
二人の困ったように笑う顔が目に浮かんだ。

「…見てましたから、ちゃんと。本当にお疲れ様でした」
「おー、こっちからも見えてたぜ。応援ありがとな。しっかし流石の俺も今日はチョット本気で疲れたわ」
「おれはもっと疲れたよ…」

私とは対象的にすっかりクールダウンを済ませ何処かスッキリしているようにも見える二人へかける最善の言葉を探し何度も口を開きかけるも、なにが正解なのかわからずなかなか音にすることができない。
人は心に多大な衝動を受けるとこんなにも表現力を失ってしまうものなのか。

「そう言や、親父さん大丈夫か?」
「え…なんで知って…」

言いかけてすぐに心当たりに辿り着く。

「…お母さんか」
「御名答。俺達ツーカーの仲だからネ」

けらけらと誂うような電話越しの笑い声。
しかし普段通り過ぎるその振る舞いが逆に違和感を生み、これが強がりなのだとなんとなく察した。
所詮私達はまだ大人と子供の狭間で揺れるただの高校生なのだ。
願わくば、皆が早くいつもの笑顔を見せてくれますように。
そんな在り来りなことを偽り無く心から思った。

   <<clap!>>