×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -
冷えた指先(春高バレー)

大会初日。
開会式が終わり丁度試合が始まる頃に会場へ到着した私は気合の入った応援団やチアが入り乱れる中、そのギャラリーに紛れて最後尾の端の席に腰を下ろした。
当然のことだが先日の東京代表決定戦の時よりも明らかに人数は増え満席状態だ。
隙間なく柵に張り付くように人が並び、コートを挟み向かい合って各校の横断幕が掲げられている。
今更ながら身を以て全国大会の凄さを痛感した。
在校生を含む音駒高校の応援団は既に掛け声などの最終打ち合わせに入っており完全に出遅れた感が否めないが最早そんなことを気にする私ではない。
何せ、ここにいること自体が異例中の異例なのだから。

**********

私の応援など必要なかったのではないかと言うくらい順調に勝ち進んだ一戦目。
選手達が応援席に挨拶へ来た際、隠れていたつもりが目敏い福永君に見つかってしまった。
すぐに情報の共有がされたのだろう、帰る途中で他のメンバーからもお礼のLINEが届く。
明日も勝って、なんて軽々しくは言いたくないけれど、語彙力のない私には「頑張って」以外の言葉が出て来なかった。

**********

迎えた二日目。
今日は朝イチで会場に向かい試合前からアップをする皆の姿を見下ろす。
なんと今日の対戦校の監督は猫又先生の元教え子らしい…厄介そうだ。
試合が始まるやそれは杞憂に終わらず、こちらと似たプレースタイルに翻弄される。
あの研磨があんなに動き回るなんて…
体力の消耗が心配でならない。
そんな研磨が交代になった試合の半ば、私のポケットで滅多に刻むことの無いリズムパターンのバイブレーションが着信を知らせる。
母からだった。
周りの歓声で通話など出来る状況にない私はLINEで用件を聞こうとしたが、こちらが打つより先に向こうからメッセージが届く。

(お父さんが倒れた!見たらすぐ電話して)

一瞬何が起きたのかわからず頭がフリーズする。
しかしすぐに我に返りとにかく詳細を聞かなくてはと急いで体育館から飛び出し折り返す。

「今どこ?!何があったの?」

電話が繋がるや否や責め立てるような強い口調で問うと母が言葉を詰まらせた。

「…名前、落ち着いて…」
「怒鳴ってごめん…今どう言う状況?」
「…お父さん、急に倒れて今市民病院に運ばれたところなの…これから詳しい検査するって…」
「すぐ行く」

震える母の声に自分がしっかりしなくてはと思いつつも焦りと動揺からかスマホを握る掌にはじんわりと嫌な汗が滲んでいた。

**********

病院に到着し待合室で一人不安げな面持ちで待つ母を見つけ、その隣に静かに腰を下ろす。
気の所為かいつもより小さく見えるその背中にこちらまで不安に呑まれそうになり、握り締めた拳を膝へと押し付けながら一度大きく深呼吸する。

「…検査結果出た?」
「…まだ。でももうすぐだと思う」

やたら響く秒針の音をBGMに30分くらい経った頃だろうか、突き当りの廊下から人の気配がし顔を上げる。
程無くして医師が現れ父の状態を説明してくれた。
ざっくり言うと血圧が原因だったようだ。
命に別条はなく今は安定しているとのことだが、心配なので本人は一日入院を希望していると言う。
父の安否が確認できるや一気に緊張の糸が解けたのか長い溜め息と共に全身の力が抜け私は床に膝をついた。
母は父の希望通り入院の手続きを済ませ「まったく人騒がせなんだから」と気丈に振る舞い病室を後にしたが、その顔色はあまり良くなかった。

二人揃って口数少なく家に帰るとひっくり返って溢れたままの味噌汁と乾燥して表面がパリパリになったご飯やおかずがテーブルの上に並んでいて当時の焦りようが窺い知れた。
私はその空気を払拭するように食器を片付け改めて夕飯を作ろうと冷蔵庫に手をかけたが、扉に貼られていた宅配のチラシが目に留まると母にそれを掲げて見せる。
期限内のチラシはピザ屋と寿司屋だけなので二択だ。
迷った末、温かいものの方がいいと言う事でピザに軍配が上がり表紙になっていたおすすめのデラックスピザを注文してから一旦部屋へ戻る。
荷物を放り投げ電気もつけないままデスクチェアに腰を下ろし机に突っ伏すと椅子の回転軸が軋みキィと頼りない音を立てた。
果たして音駒の試合はどうなったのか。
いや、きっと大丈夫。昨日だってそうだったじゃないか。
思いとは裏腹に結果を知るのが怖くてスマホに滑らせた指先が止まる。

「…ちゃんと見ないと」

気を取り直し再度検索を試みようと画面に触れるとそれを見計らったかのようにスマホが振動し、飛び跳ねた心臓と体が連動して机の上の本が派手な音を立てて床へ落ちた。
それを拾うでもなく恐る恐る今しがた届いた研磨からのLINEを開くとそこには勝ち上がり赤く線の引かれたトーナメント表と共に写る音駒高校バレー部員の写真。

(勝ったよ)

その一言でやっと全身に血が通ったような気がした。

次なる相手は因縁の相手、烏野高校。
斯くしてゴミ捨て場の決戦の幕が切って落とされた。

   <<clap!>>